十一月

△勝手知ったところならなるべく足をかばって、歩けるだけ歩いてゆく。少し足早といった加減で、気ぜわしい性質だからノロノロはどうも性に合わない。知った人に向うから挨拶されて恐縮する。
△知らない土地で、キチンと番地だけはメモして訪ねるとき、聞くに越したことはないから、二度も三度も聞いてゆく。ハイヤーを拾って、その運転手さんがとても親切だったりすると、降りる際ついペコペコお礼のつもりで頭を下げ安っぽい頭だなと思う。でもそれほど気にしない。
△この辺でしようと、適当に降ろされるのと違って、その路地を入るところに番地の標識があって、ここですよ、この奥ですよと教えられて入っていったら、番地は間違いないが見当たらぬ。まさかメモしたのが書き損なったかと、今更悔やんでも仕方がない。
△ひょっと通り掛かる人が、どうもこのあたりに住んでいる風態なので訊ねると、丁度よい、私もそのお家に訪ねてゆくところですよといって案内してくれる。小さな路地からまた曲った路地の、またひとつ曲った突き当たりだった。
△私は一旦本通りに出て、もう一回たしかめているのに、家内は丁度通り掛かった人に尋ねたのがよかった。どうも私はドギマギおちつかなくていけない。時間を打ち合せておいたから、御当人が待っていてくれて、用件だけ済ますと、お忙しい身だからと察していとまごいする。
△初めて来た土地で、近くの遊園地のベンチにひと休み。家内は煙草をくゆらし、私はやらぬから手持ち無沙汰で待っている。うまい具合にハイヤーをとらえ、どこにしょう。妻が「新宿の鈴本へ」運転手さんは腑に落ちぬ声を出しかけたところで私が「末広だよ」
△知ったかぶったところで家内らしい突っ拍子。でもスイスイと走って繁華街を抜ってゆく。「それ幟が立っているところが見えるでしょう」この運転手さんも親切だった。きょうの東京の空はいつもより澄んでいるのかなと思う。
△遅れた時間で腰掛ける席がなくこれはまた驚いた。一番前に案内され、そこで熱演中の落語の筋に似合った夫婦が肩を並べている。