十一月

△そんなに早く目が覚める方でもない。友達に聞くと五時に何となく夜明けを感じるようになって、少し早すぎるではないかと、日中は頭がぼんやりしているという。それでも困ると思う。
△寝つきはいい。家内が今日あったことを話すべく、頃合いを見て話し掛けたらもう眠っていた。そんなことを翌朝、みんなの前で披露して、朝の団欒のツマとする。そしてあんまり夜中に起きて、小用に行くことはない。絶対とは言わないが、ごく稀れである。
△ぐっすり眠っていると自分では思っているが、さて頭の働きはその癖、誰よりもにぶくて、ヘマばかりしている。悔やんでもしかたがないから、そのときは一所懸命自分を叱って、コテンコテンに自嘲してしまうが、あとはケロリと忘れてしまうから呑気だ。そしてまたしくじりが待っている。
△夜更けにふっと目が冴えて来て眠れないときはなつかしい友達の顔を浮かばせ、その人との触れ合いをたぐることにする。それでなつかしさのあまり、うとうとしてゆく。全く他愛がないなあ。そう自認しているから世話がない。
△金のことで眠れぬ夜がつづくとか、家庭内のしこりで悩む不眠を訴える話をよく聞く。それは誰だってある筈である。
  窮屈な思いをしても
      金のこと    緑雨
△そんなときにはいつものこの句がよみがえってくるのが妙だ。橋本緑雨さんは「川柳塔」の前身「川柳雑誌」の揺籃時代から経営事務に孜々として務めた地味な人柄で知られ、私は上阪するといつも泊らせて貰い、松本に来るとあちこち案内して旧交をあたためた。
△緑雨さんの晩年、大阪の川柳大会に出席すべく御厄介になったが現役を退いたとおっしゃって、緑雨さんはお顔を見せなかった。帰りがけに若いときから集められた明治、大正時代の川柳資料を君に献呈するといって、近くの郵便局に小包の托送で一しょに行った。
△いまは不帰の客でもう会えないけれど、書架に飾られたこの本たちが私に呼び掛けてくれて、しっかり俺の分まで川柳に打ち込めよと緑雨さんの顔がひらめく。あから顔で、少し額が広かった。