七月

△どうもうまく連絡がつかず、帰れそうもないとあきらめた連中だけが居残ることにきめた。駅前の旅館に交渉して、素泊りというわけで、ドヤドヤと狭い部屋に案内されたが、むし暑さがこもっていたのだから、何かかき分ける恰好になって腰を下した。
△長岡で会合があって、地元近くの人たちはそれぞれわが家へ戻ったわけだが、汽車に乗って来た者は言い合わせたように、明朝一番の発車まで付合おう、旅の夏の宵を語ろうじゃないかと。そこまではよかったが、何しろすごく暑いのには驚いたし、少し遅かったせいもあって、どうぞと招じられたお風呂の底に、ジャリジャリと砂まじりの感触が、ぬるまっこい湯加減で一層いぎたなく、いつまでも漬かっている友達に先を越してしぶしぶ出て来た。
△廊下ににぶい燭光の電灯がポツンとひとりぼっち、むしむしする部屋から眺めていると、からだが億劫になって、汗がにじり寄ってくるのだった。風呂の中で触る砂がいやにこびりついて、それが想いから脱けないのだ。小沼丹の「槿花」は、神戸の夏の夜の宿のことが出ているが、狭い廊下と左手の洗面所が見えて、その洗面所の上に蛍光灯が一本あって、それがネオンサインみたいに一定の間隔を置いて明滅するのが描写されている。それがとても目ざわりであの蛍光灯はうるさいなと書いてあるだけで、暑さが迫ってくる気配が届く。
△ことしは熱帯夜という言葉が物珍しいくらいに新聞に出て来たけれど、気候関係ではもともと前からある用語だったかも知れない。信州は涼しいと聞いていたが暑いねと、よそから来たひとが口癖に言うし、それをまぜっかえすわけにはいかないほど、暑かった。ただ朝夕、いくらか涼しい風がそよいだり、見違えるような冷気がしばらくたゞよい、日中の暑さがこれから始まる前奏曲のような甘えを、信州の朝は持っている。
△空気がドカーンとして、こもらせる暑さのうちに、秋のけはいの早さを、習性のごとく私たちは感じとりながら、男性的な日向くさい夏をこよなく愛してやる。めぐってくる季節の忍び足が近づく。