三月

△からりと晴れたよい天気で、これなら気持よく出掛けられそうだと、早速飯山市石田一郎君へ、約束した汽車で行くべきだったのに、動労の順法闘争で一列車遅れてゆくが、よろしく頼みますと電話で申し入れた。
△こちらは盛んに雪が降っているから、長靴で来て下さい、駅まで出迎えにまいりますとのこと。さすがに同じ信州でも北の飯山は違うなと思った。しかし快晴なのにわざわざ長靴ではきまりが悪い。ズボンの下に長靴のサマを隠して夕方松本を発った。
長野駅から乗り換えて飯山線を走ってゆくに従って、だんだん雪が降り出していて、窓越しに見る風景は夜目にも積っている。そして車内を眺めると、殆ど雪に装えての靴なので、私も気前よく長靴を見せびらしたくなった。見廻すと土地の人のほかに、スキーヤーが多く、それも若い人たちで賑やかである。
△戸狩村に降り立ってゆくと、ここで下車するスキーヤーが殆どで私ひとりが爺むさくのこのこと後について行った。出口に一郎君が洋傘を持っていて、それを私に貸してくれた。雪は降っていた。道は踏みしめてかたく、両側は見上げるように雪の壁が突っ立って雪の少ない松本のこの住人を威圧して迎え入れる体である。
△第十三回飯山雪見川柳大会が三月二日スキージャンプ台の下の山の湯で行われたが、いつもの顔触れのほかに、有線放送で募集した川柳の入選者の新人も見え、八十名ほどの盛会だった。日曜日なので町内対抗のスキー競技会が眼下にくりひろげられ、物珍しく私は見る機会を得た。また近くに正受庵があり、正受恵端禅師の住庵で、白隠が修行したところとして知られている。
△一日夜、夕飯時にはちと遅い時間に着いた私を迷惑がましい顔もしないで、一郎君のお家族のおもてなしが嬉しく、浴後、一献を傾けながらよもやまの話に興が乗った。雪にまつわるいくつかの体験が私の身をひきしめた。
△大会当日の朝、一郎君より一足あとでゆく私を送ってくれた娘さんが、雪道を別れるときに「また来てね」と言ってくださった。