七月

△宿屋の名がそれとわかる浴衣を私たちは着込んで、まだ陽ざしの暑いさなか、屋形船に乗り合わせた。とても行かれそうもない忙しい日々を送っている身が、みんなに片押しに押される恰好で、無理強いに岐阜へやって来た。七月のとある日のこと。
長良川の水がすごく綺麗で、にごりがなく、いくつかの遊覧船を岸辺近くに寄せつけて、これから鵜舟を待つのである。型のごとくしつらえた宿からの料理が出されそこでビールの応酬となる。眺めはいいが、いかにも鵜舟を待つ時間が長く、ちと退屈。でも誰からも苦情はなくて御機嫌。
△やや陽が落ちかけた頃、静々とまるで那須の与市を誘いこむような女官めいたのを乗せた舟がとまる。聞けば市役所の吏員で、しばし口上があって唄と踊の披露である。嘗て松本城のやぐらで、月の宴としゃれこんで武士まがいの上下袴の知名人の酒盛に、かしずいた婦人吏員が勤務時間以外ということや、文化保護財である城のなかで灯りを取り扱うとは何ごとぞやと、あとになって新聞・雑誌でヤンヤと騒がれたことを思い出させられる。
△松本の方は野暮だったかな、粋と筋の間合いを知らなかったのかな、いやそれがほんとうの管理に忠実な規範のあらわれなのさと真面目に考えてもみる。
△酔いがまわる。とっぷり暮れて流しに売りに来る花火屋から求めた小さい花火が興を添える。一句出ないかとみんなに所望される。ちっとも出来ぬので催促されいるのを見かねた妓が
   おもしろうてやがてかなしき
           鵜舟かな
というのを考えているのかねと私に聞く。いやそれは芭蕉、私のは川柳。すみません。おなじ十七文字だったねと言ってくれる。
△いよいよ鵜舟がやって来た。
   川風に鵜舟を待っていた
          灯り
   ほろ酔いの浴衣は同じ
          長良川
そんな句が出来た。家に帰り句帳を見たら昭和十四年に来ていて、その時作った句を見つけた。
   とりかこむ鵜籠へ更けて
          妓をかへし