八月

◆いま工場の一部を新築して少し前よりは広くなった。表通りから奥まったところにあるので、顧客にはあまり目立たない。でも工場は操業していることをPRしているので、仕事の面ではさして量に於て支障はない。あいりがたいことだ。
◆仮事務所だけは工場に隣接しているわけではない。ほんの目の先きにある程度の、違った町に小じんまりしたところがあって、そこを借りている。夏の暑い盛りは明け放して、それでも風がないでもなく、夕方になるとさすが風通しがよかった。
◆ここに借りた仮事務所界隈の人たちは、近所づきあいがいたってよく、朝勤めに出したあとの女の人たちが、一応集ったかたちで何となくガヤガヤ喋り合い、朝のたのしい語らいがつづく。それもいつまでもというわけでなく、ごく短い時間だが、聞いていて、見ていてほんとうにたのしい。それが散ってしまうとまたもとの静けさに戻る。
◆私の住んでいる町は人通りが割りに多いところだが、こんなにも違うかと思われるほど、人通りは少ない。それだけに自動車もごく僅かである。学校にまだ行かない子供たちが、道に遊んでいても、そんなに危険でないほどだ。しかしいつだったか、ほんの瞬間、飛び出した女の子が、自動車に触れてちょっとトラブルがあった。たいしたけがでなくてよかった。
◆一軒の家に二世帯も三世帯も住んでいる。朝早く出る人があるのか、どんな人がいるのか、わからない家もある。やっとこの家には若い夫婦、寝たきりの病人、その二階に一人っきりの女のひとのいることがわかった。それぞれ身寄りのある筈で、一人っきりの寝たままの病人さえつい先日、近所の人、ここにはついぞ見なかった身寄りの人に見送られて病院に運びこまれて行った。
◆一人っきりの女のひとは、あまり早い時間ではないが、勤めに出てゆくとき、そして戻ってくるとき、いつも煙草を吸っている。たのしみはこれのみといった姿で、四十そこそこの女ひとりに閉じこもったまともな暮らしのかなしみがただよう。