六月

◆家がたくさんあるわけなのに、なかなかいいのが見付からぬのが世の常だ。もっと自由だった頃、家の移転のかずを誇るようによくうつり変えてゆくひとがあった。いまはそうもならぬ。
◆だが夜中になるにつれて酔客の騒々しい声に安眠が出来ないとなると、どうしても他に家をさがさねばならなくなり、この家に引っ越してくるとき、候補にあがっていた家をまた打診することになってしまった。少し古ぼけ、いま話題にのぼる地震が来るとバッサリと来そうな家だが、まわりの環境がいいことで、思いきってそこに移ることにきめた。
◆いくらも居ないでまたうつるとなると、何だかおもはずかしくあまり吹聴もならず、ごく内輪のものに情を明かして引っ越しを手伝って貰った。
◆ヤレヤレとみんな運びこんでから、整理もつかぬ畳のうえでみんなにご慰労のあぐらをかいていただいたとき、少しばかりの汗をかいた禿っちょろの頭を撫ぜながらこの歳でまことに腑甲斐なさが味あわれて来た。
◆しかし移り住んだ今度の家は、前が広くこせこせせず、向こうに長く住んでおられる家が二軒と、私の隣りは空家で、あたりは草が生い繁り、道から奥まったこの一郭は、自動車が優に五、六台置けそうだ。乾ききった井戸の跡があり掘れば出そうだが、このあたりの人たちの共同井戸でもあったらしい風が俤に残っている。
◆すやすや眠りすぎてホッとしたというのが正直の感想である。あまりすやすや眠りすぎると、事務所へ行く時間に遅れるので、きまった時間に私は徒歩で、或いは自転車で通っている。まず自転車で五分、徒歩で行くときはわざと松本城近くなので堀をめぐってゆっくり散歩の気分の出るのがいい。
◆働きものの蟻が縁側をよじのぼって、孫たちの指におさえこまれている。自家用車の冬タイヤを縁の下に運びこんだとき、くろずんだ縄のようなものがあったと思ったら蛇だった。蛇嫌いの伜はすっとん狂に大声をあげたが、これは実験用の蛇で、近所のひとからあちこち遊び廻っているのだから安心しなさいと言われた。