十月

○まさか外国の娘さんたちと汽車のなかで睦じくするとは思わなかったし、どうもつきあいの下手な自分にとって、これをどうあしらうことが出来るかあやぶんでいたのに、松本から長野の方へ向う汽車に落ち合うように、何となく膝を交える間柄みたいと感じてくるのであった。
○私の隣りにいる男の通訳にそれとなく聞いた。「こっちの黒い方はインドネシヤですか、そして白いのはどこのくにのひとですか」通訳はあらためて本人に話しかけただしている。すると間もなく答が帰って来た。「こちらはハワイの方、こっちはニューヨーク、女の眼鏡をかけた方はハワイ、日本語も話せます」
○何だか安心したつもりになって身のうえを明かされて見ると、なるほどハワイであり、ニューヨークの顔をしている。何も私がハワイへ行ったこともなく、尚更遠くニューヨークへ行ったこともないのに、そう感じてこの娘さんたちの顔をしげしげ眺めた。
○朝の弁当を買うほどでなかったので、私は駅でアンパンを買って来た。袋から取り出して食べはじめると、ハワイの黒いのが矢庭に私の持っているアンパンをむさぼるようにして指さすのである。通訳に聞くと、アンパンのなかにあるアンが不思議なのである。
○私はそこでアンパンをいじくりながら、ここんところが臍で、このなかにあるのがアンコ、どうも相手にはわからないらしい。「アンコ?」いぶかるように、通訳の顔を見ているのである。通訳はつぶさにアンコの何ものであるかを告げている。私はすかさず「ドウゾ」パンをさし向けると、ノウノウと言って食べようともしない。
○車窓から遠くに見ると信濃の山の雪を見ると、すごく感激してスバラシイというのである。ハワイでは全く見られぬのだ。ニューヨークの方は対照的に色白で、またサツマイモを頬張っている。
○私は篠ノ井線で乗り換えねばならない。ほんに短い時間だったがサヨウナラと自国語をつぶやいたら外国の人たちは返すようにサヨウナラと言ってくれた。エトランゼ、そんな風にさわやかだった。