九月

○切符を買おうと出札口に向ったら、私より先に外国のおんなの人が、一万円出して通訳に聞くようにしていた。通訳というと、ただそれだけに用を足す風に考えるのだが、まるで友達のような若い女のひとで、たまたま見かける歌手の、眼鏡をかけた小柄な風采のひとに似ていた。
○釣銭を貰うかと思ったら、この外人は切符だけ貰って去ってゆくのだ。窓口の男のひとが呼び止めたが聞えない。私が次の番で、それに気付き、通訳のひとに声をかけた。通訳は笑いながら外人の手を引っ張って、釣銭を貰うように仕向けている。何てまあ気楽なひとだろう。日本に来てたんと散財するのが当たり前なんだろうと私は思った。
○割にその汽車はすいていた。なるべく誰もいないところがよいと一人で坐っていたら、さっきの外人がどうした廻り合わせか、私のすぐ横前に坐った。色が白く近くで見ると若い、まだはたちにはならないくらいのひとだった。私のすぐ前はこれはまたちょっと黒いひとで、腕にカチンと音がしてはめたと思われる環をつけている。
○私の隣りは通訳で、男のひとだった。すぐ向うの座席にさっきの眼鏡をかけた通訳が、ひげを生やしたこれまた外人と並んでいる。学生タイプで、アメリカあたりによくあるような普段着みたいな恰好で、見なりをかまわない風だ。
○色の白いのが黒いのと何やら話し、はしゃいでいるようだった。すると白いのが大事そうにポケツトからハンカチに包んだ何かを入れたものを取り出した。宝物でも取り出すように膝のうえに乗せてそっと開いてゆくのである。何だろうと思ったら、ふかしたさつま芋が出た。そして二人でとり合って食べては何か喋るのである。
○通訳のひとに私は言った。「外国の娘さんもさつま芋が好きなんですか」それを色の白いのと黒いのに外国語でいうと思わず笑い、そうですそうですという身振りをした。こっちもつりこまれるように笑った。うちではこれにバターをつけて食べるんですと通訳が加えて私に伝えた。通訳を介して聞くのはちょっと億劫だが、これは面白いぞと膝を乗り出した。