十月

▽どこかで会った顔だが、誰だったろうと始めはいぶかしがったけれど、つい先頃ご主人の転任のはがきを注文に来たその妻君であることに気がついた。あんまりパリッとした洋装なので見違えたわけだが、率直に話しかけてくるので用件を聞くと勧誘だ。
▽こういう手合いはどうも苦手だが、素晴らしい新種だといって勧めるのである。知らない土地で、一番手っ取り早いのは、先ず会った人からというわけで、私のところを訪ねたのである。主人は東京から転任して来て、自分ひとりが遊んでいるわけにもゆかず、新聞の広告の募集に応じたのが、いまの就職先だと打ち明ける。
▽そこへ毎月来る集金のおばさんがやって来た。若いご婦人が私と話していたので、何か注文でもしているのかと思ったらしい。でも黙ってもいられず正直に「おばさん、あんたと同じ商売なんだよ」と笑いながらいうと、そこはベテランのおばさんらしく、集金の金を数え、書類を整理しながら、根掘り葉掘りこのご婦人に問いかけるのである。
▽ライバルがかち合ったおかしな対面のもやもやを気にもせず、経験を話し出してくる。「いま、下の子は二十歳になったけれど、乳呑児で三歳のときにこの道に入ったんだよ、でもね、よく我慢しあったものよ」「聞いてみると、あんたは実母があって、一歳と六歳の子を預けて、こうして訪問するんだけれど、私の体験では小さな子は母の愛で抱いてやらなければならないと思うの、あんた、いいね、ゆだねるお母さんがあるんだもの」
▽二人の話を私は事務を執りながら興味深げに聞いていた。お互いが女である性(さが)を意識しながら健気に生きてゆく同志であることがわかってゆくのであった。三十台と五十台の世代の差があることで、五十台は五十台の重味がにじみ出て来て、三十台をうなずかせ、うなずくままにやる気を促せ、うなずくままにやる気を促そうとするのだった。綺麗だ。
▽「あたしの地盤に来て荒らさないでね」と嫌味をこれぽっちもこぼさないで、諄々と説き明かす姿は凛々しくもあった。そしてここに生きてゆく二人の姿を私はたしかめたことになる。