十一月

▽寒くなると億劫になって家に閉じこもりがちになる。事務所と工場を往復することで、ちょっとした運動をしているから、からだを全然うごかさないわけではない。でも外の風に逢うのも健康的によいことは百も承知で、朝の散歩はこちらで遠慮してしまい、仕事がすんでから夕飯前のひとときをぶらりっと出ることがある。
▽コースは愛犬と一しょに歩いた同じ道だが、ひとりで行くのも満更でないというのは、何かぶつぶつひとりごとを言って、きょういちにちを振返ってみる反省みたいなものを考えさせるからだ。大袈裟に大見得を切るほど大それた人生録ではないから、底からすぐ見えそうなちいさい繰りごとになるわけである。
▽道のりは約二十分くらい、お城の傍らを通って、五社というお宮の前に出て、ここで殊勝げに頭を下げる。別に願いも祈りもなく、ぴょこんと「今晩は」という程度である。それで結構物足りた感じになるのだから、土台単純な人間だ。でも安心したようになる。
▽裁判所の前に出る。人の通らないのをもっけの幸いに、プッと放屁する。気持よい。「臭いバンショだな」下手な駄洒落を呑みこんですたすた行く。そして通り過ぎてから、あゝ、もう何年前になるのかな、検事によばれてしょげたのはと思う。
▽品川陣居さんの原稿のことで忌諱に触れ、発行人から原稿の提供者が私を示されたことで、とうとう出頭を命ぜられてしまった。事前に聞き書きをしてくれた書記のひとが、もと満州にいた当時、高須啞三昧さんと知っていて、こんな事件は大したことではありませんよと、気やすめに言ってくれたことがあったっけ。結句不問になったが、終りには陣居さんまでこの裁判所の門をくぐったのだ。でも陣居さんも啞三昧さんもいまこの世にいないな。
▽市役所の前を通る。足早になって来る。暗くなったからこわいというのではなく、気ぜわしいたちだからつい前に足が出るらしい。もうひとつお宮がある。境内が駐車場に早変りしたので、有難くも思えないうち、交通量の多いところに出てハッとわれに帰る。