十一月

中央西線といつてもピンと来ないが、木曽路と聞くと、あああの檜笠かとすぐ思い当る。木曽節の歌詞にふれたがるのである。旅情とあわれさが先きに立つが、ここを流れる小さな川のせせらぎだつて、ほんとうにこころを洗つてくれる。黙つて腰をおちつけて眺めるのも実にいい。静かだ。
西筑摩郡というのが先頃、木曽郡と変つた。東筑摩郡は残つたがそれもよいだろう。東筑摩郡のイメージからは道祖神をおもいうかべる人が多いに相違ない。いくとせも風雪に耐えて黙然と佇つ道のべの石像のたたずまいに、人生のやすらぎと憩いを掬みとつて、ほつとするそのひとときが嬉しい。
南安曇郡というと、まず安曇野の広々とした野つ原を目にするだろう。常念岳鍋冠山がどつしり腰をおちつけて、荻原碌山相馬愛蔵の友情のふくよかさを眺めたことをふつと想像してしまう。れんげの花咲く安曇野は美しく、これを描いた小林邦画伯の油絵を私は大切にしている。画室にころがつているこの絵が、画いた本人が気に入らないという。こつちがすつかり気に入つて、貰いたいとせがんだら、そうかなあと首をかしげて、にこりともせずゆずつてくれた。四号ものだが、迫つてくる山々のあおい色の匂いがたちこめれんげの花もまた匂うのだ。
中信地方にはもうひとつ北安曇郡がある。黒四ダム、白馬岳、木崎湖、青木湖、北アルプスの豪快な面々が顔を揃えている。車窓からまともに山を見たいなら、このあたり大糸線を推奨したい。雪をいただく山のつらだましいが何といかめしく、けだかいか。人間のうるささを感じる。大きな力強いかたまりが胸のなかに飛びこんで来る。くよくよするな、負けるなという気持をかり立ててくれる。
▽こうした郡にとりまかれ、そしてつかず、はなれず、こじんまりといくつかの市がある。松本市もそのひとつ。共産党市長で注目されている塩尻市スキーヤーが乗り降りする大町市、どれもみんな山が見える。どの路からも山が見える街である。
▽春の月、夏の雲、秋の川、冬の城、けろりつと四季のうつろいなかで生きてゆきたい。