十二月

▽いつまで経つても困つたものだね、歯がゆいと思われないのかね、そう言われそうで、去つてゆく年にたしなめられるのである。なるほど年甲斐もなく取り乱し、すぐ向きになつてあらぬことを口走りあとになつてあれこれ悔やんで、寝床のなかで自分を叱るのだ。
▽夢を見た。花火の大きなのが目の前ではじけかける。今にも爆発しそうだ。こわいのである。思わず蒲団のなかにもぐりこんで、異様な悲鳴を挙げたことを目が覚めたときわかつた。昂奮が消えないまま頭がぼんやり、眠れないのでもなく、おかしな夢を見たなと気がついて、いつの間にかとろとろ眠りにおち入るのである。
▽くよくよしている平常の気持が夢のなかに喰いこんで、じわじわと時に首をもたがるらしい。俺は夢を見たことがない、夢を見るほど閑人じやないと言う人がある。結構なことだ。偶に見たつて自分の夢だもの、いいじやないかと考える。悩んで、苦しんで、傷めつけられて、それを振り切れないでびよこんと夢が写すのである。
▽まだ還暦にはならない。とりとめもなかつた年だつたなと、去る年にいや味をつぶやきながらさようならするとき、またひとつ齢を貰うことになる。静かなたたずまいですんなりすることが出来ず、あくせくと一日を倒してゆくのが精いつぱいである。まだ生かしてくれることを感謝しながら隣人とのよしみ、わがうからやからとの語らいがたまらなく貴重である。
▽若いときから近眼で、度の強い眼鏡ではないが掛け通して来た。こまかい字はどうもこのままでは見難い。眼鏡をはずして見るとはつきりする。老眼鏡はまだいらない。歯はあちこち抜けて殺風景だが、入歯はしていない。一本抜けたので近所の歯医者に相談したら根のところへ釘を打つて欠けた歯を充填してくれた。前歯だから具合がわるいゆえ。
▽目はめがね歯はいればにて間に合へど、という句を思い出して、せせらわらつていた若い頃とは違つて、この句のおかしさが自分にむかつてくるのだ。むさくるしいおのれの生きて来た道の辿り着く恰好のおかしさを、この句の作者は見つめている。