七月

▽ことしも向日葵がいくつも咲いた。天に摩すようにして、おのれの存在の黄いろを誇つている。たいした施しもしないから、大輪というわけにはいかぬ。細つぽく、それでも私の背丈より高く咲いているのを見上げると、夏のじりじりした暑さがほんとうのものであることが感じられてくる。
▽いい月夜、どんな顔をして立つているのだろうと庭へ廻る。どれもこれも澄ましてツンとお月様を見ている。向日葵たちはひねくれものではないようだ。真つすぐに或いは横つちよから月光を浴びながら眺める。太陽の暑熱に向きたがる気持を片つぽで是認し、そして解放された夜の休息を月の光にゆだねている。
▽池のなかに向日葵のひとつ、ふたつと浮かせた。ボテ草や水草の蒼さにまじつて、黄いろはまことに目が覚めるようだ。冬越した鯉や鮒や金魚がうれしがつて口で突つつく。ぐるぐる廻り、少しずつ動いてゆく。筧から水をおくつて落ちるあたり、水面より出した珍石が置かれ、いつでも濡れているし、そのしずくですぐそばの岩の苔をしめらせるのである。
▽この苔は私が水で裏打ちをして岩に貼りつけた・すかさず、絶えずしずくが飛び散るように工夫した。あんまり増えないが、みずみずしいことはたしかのようだ。
▽ふつとたまに朝、目が早く覚め家のものたちに迷惑をかけまいとふとんを脱け出し、この池の傍らにしやがむ。さかなたちは「お早よう」といわんばかりに、歓迎の尾びれを動かしてくれる。水のなかに手を入れ、冷たい触感を味わうと、自分がここでこうしている生きのあかしが、何となくよみがえつてくるのである。
▽苔に水をかけてやる。雑草がいつとなく咲いている。いとしいものだ。静かにきようの一日の出発が目覚めかけたひととき、憎しみもくやしさも忘れ、こうして無為のような時間がとてもたまらなく胸にくるのだ。
▽どうしたことなのだろう。金魚のデツカイ奴が人見よがしに尾をびくつかせながら媚びている。朝の愛の顔はすがすがしい。水のなかで暮らす彼女と、しやがんで見やる無言の会話の静けさ。