三月

▽書斎といつた独立の部屋があるではなく、少しだだつ広いがここで結構、句を考えたり、何か書いたりしている。南向きに当る陽の光が射しこんで明るいのも頼もしいのである。
▽まんなかあたりに電気コタツが置かれている。コードが長いから移動は出来る。炬燵板は真つ四角ではない。三方が欠けている。わざと欠けたのではなく、材質の都合でそうなつて、これがなかなか味がある。義弟の下条とほる君が手塩にかけて拵えてくれた遺作であるから一層楽しめるのである。
▽電気コタツは大分くたびれてギコシヤクする。のぞきこむと、彩つた赤い灯がパツと目に来るあの最近のものでなく、随分使い古した証拠に櫓の一本の柱はネジがこわれてしつかりはまらない。応急手当に新聞紙を当ててねじこんであるが、われながら如何にもみみつちいと思う。
▽この部屋にたまたま珍客が訪れてよもやま話に浮かれ、さて長い間お邪魔しましたと、立ち上つてコタツに手を掛けられるとき、ドキンと来る。ぐらぐらするあたりに坐りこんだ筈はなかつたがと予め安全圏に招じ入れたつもりでも、全体にガタが来ているのでハラハラしない方が横着ものといわれても処置はなさそうだ。
▽朝掃除しようとコタツ蒲団を四隅からたたんで載せるのが大変。必ずといつてよいほど、一本抜けている。ねじこんでやらぬとふとんが載らないのである。ちやんとしてあるつもりでも、また抜けてがつくり肩を落している。
▽安永二年刊の「再成餅」に
   こたつ
 ひとりむすこ、火燵を三角にしなさいといふ。両親聞いてあほうなやつじや。三かくなこたつがあるものかといへば「でも四角ではついえじや」と云ふときおふくろ「待て待てちかい内によんでやろうぞ」
▽そつなく倅には嫁を貰つてやつたが、江戸小咄のようにこの部屋のコタツは四角のようであつて三角なのである。幾何学的造形美を具えていると茶化された。でも、わが愛犬の個室にコタツはない。おのが体温にくるまつている。人間とけものの求めた運命の差だ。