二月

▽光書房から出た「ちよつと愛して」の著者は北見洋子となつている。女子医学徒らしく冷静におのが情事を観察したいわば(わが性の白書)というのがアピールのきいた文句だつた。だが実は男の清水正二郎の筆になるもので、女子大生の手記とは真赤な偽りだつたとわかり、私はがつかりした。
城市郎の「発禁本」は明治以後から現代に至るまでの発禁処分になつた書物の紹介だが、エピソードもおりまぜている。この「ちよつと愛して」に触れて、光書房は大いに売れ行きがよかつたのに、著者には印税も払わずにドロンをきめこんでしまつたとある。私はまた驚いた。
▽河出書房の吉田健一訳「フアニー・ヒル」は昭和四十年八月二十七日にワイセツ容疑で押収された記事が出ていたが、私はこの本では想い出がある。日本で初めてこの本が紹介された佐々木孝丸訳のものを大津の古本屋から通信販売で買い取つて悦に入つた。私が川柳をやり初めてまもなくだから昭和七年頃だろう。だが晴天霹靂、特高課から通知があつて、「フアニー・ヒル」を持つていることが判明したにより提出せられたしときついお達しである。
▽その大津の古本屋が得意先名簿を押さえられたらしく、買い手の私の名もはつきりと記してあつたわけだから何とも致しかたなく、心おだやかならずにいた。
斎藤昌三さんに聞いたら、ビツクリすることはないよ、そのままにしておきたまえという。遠方のことだから不親切な解答をするものだと初めは思つたが、実は書物にあかるいベテランの率直な提言だつたことがのちのち判り、自分の幼なさを恥じた。
▽所有権云々ということで頑張ることが出来るらしいのだつたが、調べに来られてヘナヘナと気弱い姿を露呈してはみじめなので、いさぎよく松本警察署に持参した。その頃、私は佐藤紅霞の「川柳変態性慾志」を手に入れて、古川柳の違つた別の味のあることに強い関心を寄せていたときだけに、この本も取られてはという気持はあつた。まもなく沢田五猫庵の「末摘花難句注解」続いて末摘花初篇から八篇を揃えて大事がつた。