一月

▽ひらきなおつて、さてお前はどうなんだときめつけられると、気の弱い人間だから、ただオロオロするばかりである。たしかに署名運動は庶民の声の反映である筈だから、ここに名を書くことによつて、目的を完遂する助言に与するわけだが、自分からすすんでそれに直行することが出来ない。向こうからきて「どうかお願いします」慇懃にやられると「ハイそうですか、ご苦労さまです」かしこまつて自分の名を書き、しばらく経つてから、一体ほんとうはどうなんだと、少し気まりが悪くなることがある。
▽さつぱりした目的で隣近所お母さんに署名を頼まれてから、どうせ子供たち幸福になることだろうくらいに軽く考えて、幾通もの請願書に署名し、少し世間話の無駄口も忘れずにお茶をにごしてやるおつきあいはまだまだ気が楽で、さて目的の真意はどうなつているんだつけと、あとからそれを追つてみたところで、どうにもならない。迂闊といわざるを得ない。こんな節操のないことでは困つたものだと、いい齢をして頭をかいている次第である。
▽もう少しきつい政治にからんだようなものになると、ただ無性にオロオロし、やや昂奮し、一応の抵抗を試みてもみるが、こうしてやることも個人的なつながりが大切だと、妙なところに理窟をつけて、なにがしの援助がほどこされることになる。
▽しつかりした思想があつての話かいと叱られそうで、本人はただニヤニヤするばかりだが、しかし深入りはしないで、小さな世渡りのつもりで、ことをすませようとの根膽なのである。でもどうしてもいやだと虫の好かないことに関しては割に強情で、理路整然たる態度はとつているから、自ら慰さめ、持つて生まれた弱い人間でもそこに批判的な声なき声を持つているのだ。
▽「危険な思想家」―戦後民主主義を否定する人びとのサブタイトルの本と、これに対抗したと見られる「進歩的文化人」という(革命を扇る一〇〇人の指導者とその背景)を読んで、自分のちいさい存在と何か知ら持つべきもののフンギリに触れてくる思いである。