十二月

▽信州の山国だからさぞどつさり雪が降るだろうと想像するのも無理はない。山また山の奥深いところで吹雪がしきりに荒れ狂うさまを思い浮べる人もあるのだろう。誰だつてそう考える。
▽信州の南の方は割と暖い。だんだん北に向つてゆくに従つて寒くなるというものでもなく、北信は中信に比べて凌ぎやすいようだ。ただ北にゆくにつれ雪の量が多くなることはたしかである。松本は中信に位するが、きびしい寒さに襲われて身のひきしまる思いをすることがあつても、丈余の雪を知らない。いやせい〲五、六寸の雪量にとどまるのである。
▽風雪注意報がもたらされても、それは大抵北信の方であつて、松本あたりはポカ〱とまことに陽あたりの好い日であることが多いのである。
 これがまあつひの栖か雪五尺
と北信の一茶は詠つたが、昔も今もこの積雪量に変りはない。
 ほちや〱と雪にくるまる
         在所かな
▽だからわが愛犬は雪が降つた白い絨毯に寝ころがつて喜ぶにはちと不向きである。薄すぎるのである。白皚々といういかめしい形容のなかで武者ぶるいも出来まい。けちな雪コン〱を横目でにらみながら、ついの栖の小舎と観じ、身ぶるいしながらこれを見やつているに過ぎないのである。喜ばれる雪がこの地には見舞つて来ないのが物足らぬのだろう。
▽雪が降り積つて嬉しがり、四肢を踏ん張るのが思うようにならぬほどなら、ガムシヤラにかいてゆくのも面白かろうが、それが全くないので犬族には可哀そうである。そしてこの頃とんと犬族のひとり歩きが見えなくなつた。開放された自由な姿が見られぬのである。
▽束縛されているのだろうと気の毒に思つても、さてうちの犬もやつぱり土蔵の片隅の小舎にうずくまつて冷やかな夢をむさぼろうとしては、はつと目を覚まされやすい日常のようだ。
▽たつぷり水気を含んだ雪がふくよかな量でどん〱降りつづくことが犬にとつて夢なのかも知れない。正夢になつたら私はそのとき自由にしてやろうと思う。