十一月

▽おのがねぐらに蟄居しながら惰眠を余儀なくされるわが愛犬は昼も夜もそうした悲しいからだを捉え、不自由なぬくもりに短い夢を見るのである。のどけき空、むし暑い陽盛り、落葉の音のかそけささむ〲と満天の星、その四季のなかに鎖を断ち切るすべもなく、限られた小さな世界に押しやられて、溜息の混つた遠吠えをわれとなく洩らすのであつた。
▽飯が盛られた汁の冷たさ、とげ〱しい魚の骨、それが無造作に型のごとく置かれ、たまには「おあずけ」などの茶目がかつた仕草を強いられて、頭を垂れた生きの身のせつなく、疼く心のいたみを抱くような日々の流れを味わいながら、ここのところ安閑としたむなしさが訪れるのであつた。
▽そんな境涯が私の身にふりかかつたらと思い、罪なくして囹圄の身のままならぬ事がいたわしく、夕飯が終つた閑暇をぬすんで、鎖につながれているが、自由な散歩をしに外に出すことにした。長い時間、閉じこめられていた世界から解放された嬉しさといらだちがうちまじつて、こちの身を無闇に引つ張るようにしていちずに前進してゆくのである。
▽電柱の同族のいばりの残んの香に無精ないとしさを感じて立ち止まり、フフフンと言わんばかりに空のまたたきを仰ぐのであつた。私は文化の日松本市から芸術文化賞をいただいた感激が覚めやらぬその夜、どちらも嬉しい間柄で、その夜、どちらも嬉しい間柄で、鎖につながる意気の相通じるたのしさはまた格別であつた。
▽勿論、駄犬であるからその毛並みはすぐれていないが、こうして長く飼つておれば可愛いもので、ちよこなんと坐つて、ねぐらから出て小憩している姿は、なんと絵心を働かせるポーズにもなるのである。美しいこと、はかないことの知覚もあらでか、わが愛犬は小屋のなかで冬の陽のにぶい光を眺めやり、飯の時刻の早からんことのみ勘を働かせるのである。
▽ピンと張つた鎖のもどかしさにも親近感を深めつつ、犬と私は今宵も散策に出ることになるのである。信州の冬の夜の寒さにもめげず、月のあるときは二つの影を落してゆくのだ。許し合える心のゆすぶりを感じながら。