八月

▽わが愛犬は年寄りじみた顔もせず、いとし子を五つ産み落した。まるまると太り、可愛げに啼いてこの世に享けた生の喜びを知りながら、産れた五つの首はみなこちらを向くのである。どこかに貰われてゆける倖せがすぐそこにあるようで、毎日乳を呑み、腹ふくれればぐつすり眠りこける。
▽何もせず親も一しよに子たちのやわらかい体温を快くじかに感じ取りながら、狭苦しいけれど楽しい吾が家を謳歌している。ことしの冷たい夏をそのままに冷房装置はよく利いて、毛皮をまとつたものたちにとつても、さほど苦痛ではないのかも知れない。寝ながらにして向日葵は眺められるう。
▽ひとつ貰われていつた。あくまで毛並の白いおとこである。腹の真ン中より少し下つたところに性のシンボルが可愛く芽生えている。そこから洩れる小便が真水のようにきよらかに見えてくるのである。しかしやはり排泄物に違いなく、土になかなか滲みていかない。執拗なまでにしたたかな生のあかしを立てたのだつた。
▽ぶちばかりの四つが残つた。憎たげな色だが、ふさふさした感触はたまらなくけものの愛着を呼び戻すのであつた。鼻面は湿り、息災いよいよ加わるところ、親の餌にも貪慾をそそられ易くなる。親はけもののたぐいの性質をあらわにして、唸りつつ威嚇するのである。しつこいときは心ならずも噛みつきたくなる。そして子の悲鳴がしばらく伝わり、愛で噛む歯の尖りを思うのであつた。
▽心安くいくつでもよいから受け入れようという話が湧いた。わざわざ自動車で迎えてくれるというご丁寧さにかえつて恐縮した。ダンボール箱に首だけ出して、信州大学医学部に輿入れしていつた。「みんな丈夫でね」別れはちつとさびしいものである。
▽親は一度に消えていつたわが子のゆくえを弱いオツムで追つているのだろうか。鎖につながれ、わが巣に入らず、薄暗い小屋のなかで安住の地を求めたつもりで、土を掘つ凹みにわが身をまるくしている。まるで老いを労るといつた恰好である。岡本かの子の「鶴は病みき」の書名をふと思い出して犬の忍従にあわれを覚えた。