五月

▽門口に備付けた牛乳箱に配達される牛乳がコトリと音を立てる、そのとき朝が明けるのだといつた句があつたと思う。うちでも牛乳屋さんから貰つたが、あまりに麗々しくなるのがうとましく、用を足さないでそこらへんにころがつている。二本すつぽり入るのだが。
▽路地口にドアがある。そこの下のところへ毎朝置いて行つてくれる。一応ドアが明いているかどうかためすらしく、ハンドルをひねつてぐつと押すつもりで音をさせると、すかさずわが愛犬が警戒おこたりなくワンワンワーンと吠える。こゝの犬はよく吠えるナア、締つていて幸だと思つているのだろう。ドアにぶつかるようにして吠えても、明けられないので牛乳屋さんも安堵しているのである。
▽たまにはうちの者で早出することがあつて、ドアの開閉が出来る状態になつているときは、中に入れた牛乳が二本すんなり並んでいる。一応ドアが明けられるが、犬はきまつた朝の訪問者を知つているのか、ちよつと吠えるがまもなく安心して大声を立てない。
▽今の牛乳屋さんが牛乳を置いてゆくようになつたのはいつからかは、わが愛犬の齢を数えるのが一番手つ取り早い。それ程つながりがあるのである。仔犬が生まれたとき、知人を介して貰われたさきが牛乳組合関係のひとだつた。本人がわざわざ礼に来て、とても可愛い、ありがとうといつて喜んでくれた。貰つてゆくときに風呂敷包みでちよつと顔だけ出して手軽く婿入りしたことを覚えている。わしやおんなは好きだが、せめて犬だけはおとこで我慢したいなんて洒落めいて、キヨトンと真面目そうに言い、私の目から放さず、じつと凝視めた。その出合いの印象がよく、それから牛乳を取るようになつたのである。
▽しと〱と雨の降る日は、鎖につながれたまゝで、自分の小舎に四肢をこゝろよく伸ばし切つて横に寝ている。物臭のうちの伜がが学生時代、勉学に追われる真最中、この体を見て「おれは犬になりたい」と長大息した。そして牛乳をゴクン〱と呑み乾したあとのしずくを長い舌で嘗めさせ、犬の閑日月を慰めているのを私は見た。