六月

▽私は毎朝、三里の灸を据えている。岩井汗青君が仲間の健康を慮って、句会が済んでからみんなに下してくれたとき、私もその御相伴にあずかつたのである。私はお灸については経験があり、病気にならぬ前に三里の灸を据えることはいい療法だと思つているので、先年汗青君から下して貰つたが、厳寒だけはすねを出すのがつらくつい怠けがちになつていたから、灸点もすつかりずれている際だけに率先申し入れた。
▽映画「越後つついし親不知」のなかで、原泉の湯灌の大写しがあるが、両脛が見事にやせてギスギスしている。二木千兵君に灸を据えて貰つているのを見たとき、ふと原泉の痩脛を想い出してしまつた。私のも恐らく御多聞にもれなかつたのだろう。うたた人生のたそがれよ。
▽汗青君の美挙にあやかつたのではあるまいが、三枝昌人君らしい配慮から、むし暑い夜の句会に出席した仲間に冷蔵庫から出したばかりのアンプルの強肝剤をサービスしてくれた。
▽首の廻りに白く筋があるアンプルをぎこちなくポンと截る。あんまり飲んだことがなさそうで、すぐ利くことだけ待つているみたいだ。気の早い者は「行きたくなつた」という。「何処へ」と聞くのを待たずに「キヤバレーにきまつているさ」と減らず口をたたくのである。
▽兎角さもしいもので、妄想にかられ、海綿体の膨張を期待せんとするのである。精力剤のような気がし、心をワクワクさせて待つ。全く歳はとりたくない。
▽「だん〱眠くなつた」「何ともない」「目が冴えて来た」「二日酔いのような気持」さま〲な適応がつぶやかれる。このうち眠くなつて来たというのが正直なところかも知れない。このアンプルに少しアルコールが入つているから平素酒に弱いものは効果が早く、速効をきめこむために二、三本飲むと、顔がほてり、二日酔いのようになるらしい。
▽これは活力素だというところでおちつき、そろ〱作句に熱中する真空時間が来たので、張り切つてみんないい句が出来そうな筆の運びようである。