四月

▽座敷から見えるところに小さな庭がある。裏へ廻る通路があるので横に長い庭で、四季折々の花が咲くと言いたいところだが、そんな丹精なものではない。主人が主人なだけに物臭な、まるで無精髭を生やした見たいな殺風景な庭であるが、陽は当る。
▽朝起きると如露で水を撒く。此頃、自家水道装置をしたのでホースが便利になつて、すうと長い庭にゆきわたるようにして水を注いでやると、樹も草も生々としてくるのが嬉しい。
▽したゝる水滴が可愛く、草に湿つて光るとき、生きもののしおらしさが思われる。チヨコ〱と何の虫か、ざくろの木の下から這い出して来てまごつく。特に朝は気持がよいが、ただ水を打つているだけで結構晴れ〱しい。
▽ずん〱伸びる蔓草が仲間の樹にまといついている。うるさがりもせず、かえつて親しみに身をくねらせてはずかしそうだ。細い枝でひよろ〱と首をうなだれるように、うす桃色の薔薇の花がいくつも咲き誇る。その下に秋草棠がまだいじらしい葉を並べて秋を待つ顔で密生しているのである。
▽仕事がすむとまた庭に水を撒いてやる。燃えるように咲いたつゝじの傍で、雪の下が漢方薬然としてつゝましい。木賊が肩に並べてすうつと高く、秋を待ちながてな菊の葉が彩づく。
▽私は雑草も好きだ。むらがつて頃合いな背くらべをしている。たまにそこだけ大きく寝押しされたようなことがある。おや、昨日まではこんなではなかつたと不思議がつた。その理由はすぐわかつてくる。わが愛犬の仕業だ。
▽犬は綺麗な、さつぱりした草むらにわがからだを横たえて休らう習癖がある。物憂い主人に同調するが如く愛犬も無精らしく、星の降る夜をこのていたらくだつた。
▽迷いこんだ小鳥の雛をしばらく餌飼いにしておいたが、いた〱しくなつてしまい、この庭の草むらに逃してやつたけれど、全く駄目になつて、みゝずや蟻がすがりついているのを見て、何だか可哀そうに思えて葬つてやつた。小さなお墓である。小さなお墓である。わが庭のあけくれにも生きとし生けるもののさだめがひそんでいる。