三月

▽わが愛犬は柔順である。朝の用を足したあと、鎖をじやらつかせるだけで耳にその音を読み、首うなだれて身をまかすのである。鎖は彼女にとつて桎梏の響きを呼ぶのであろうが、それが生涯によこたわる宿命と観じてもいるのである。囚われの身を、既に生れたその日から負つている。
▽すみかは小屋である。むさくるしい陋屋にわが身を抱きかかえ、昏々と睡るほどでもなく、異様な雰囲気を察すると、すかさず眼を覚まし警戒の耳をそばだてるのである。
▽自分を守るとか、主人の家を守るとかいうのではなく、知つた人以外の外来者にはこわくて吠える。吠えて一応安心感を覚えようとするのだ。それが自分の身を守り、主人の家を守ることになるので、一石二鳥をねらう忠勤者の名をいただいて来たわけだ。
▽何を考えているのだろう。それを思う。あの小さな小屋にうずくまつて、去る日来る日のたたずまいに反省の生活を頭のなかでめぐらすのであろうか。主人のつかえ主人の目と会うとき、反射的なわが尾の動きに親愛感を示しながらも「おはようございます」と言いたげにほほえみを毛に包まれた面貌から浮ばせるのが彼女にとつてこの上もない表情だとするのであろう。思考の貧しさが悲しい。
▽本を読まず、講演を聴かず、はしたない犬だけの知覚に強いられた訓練をおぼえさせられ、それが或いは媚びと見られ、馴致となつて、その日その日を費すとは哀しい生れ合わせである。
▽ある期になると男だもが右往左往してわが店先に臨時トイレのつもりでけしかける。誇示し、かけだけしいは胯間をたかぶらせているのである。朝、登校の学生がアクメをまのあたりにすることを慮つて、このときは特に注意した積りでも、妙なものでするりつと鎖が解けて脱出を試みる。これも犬族には最高の娯楽であり、人間族も思いやりがあつて然るべきだが、朝早々のデモに飼主は辟易する。
▽茅屋にきようも眠つている。夢があるのだろうか。昼の月をとろんとした眸でのぞくとき、幼い知識だけを持つて、この星の下で生れたいのちを私は思つてやる。