十月

▽頼まれるときに、さて自分でこれを引受けて果してうまくやれそうかという判断がつかないままに先方で早呑み込みをしてしまうことがある。つまり向うできつとやつてくれるのだろうという計画があつてのことだからだ。それだけ目指してくれたのを好意に持つてノホホンをきめたがる、まことにおめでたいたちである。
▽ことしは十月二日が中秋の名月に当るから、世帯持ちで川柳をたしなむ女友だちと出演してくれぬかと信越放送テレビから話があつた。女友だちというのは微妙なことばでちよつとうれしかつたが、まわりがうるさいうえに、いつまでもニヤニヤしながら言いわけも恥ずかしいから思いきつて異性はあきらめて、むくつけきおのこひとりと対談したいことをのぞんだ
▽選ばれたひとは所典夫君であつて、これならいうところの心臓も強いし、殊にユーモラスな話題に豊富だからという思惑で、然るべき打合わせをして、当日午後一時十五分から三十分までの放送に間に合うように長野市に出掛けた。
▽ビデオテープの当てはなく、そんな聞いた風なことを言うほど世に知られたタレントでないので、それものズバリの本番をあてつけられる。典夫君は始めてだつたが私は少し経験もあるので、汗ばむようなライトの光はさして苦にはならなかつた。けれどやつぱり平素の気弱さは掩うべくもなかつたようだ。
▽奥様コーナーの時間でさるデパートのスポンサーがついている。名月に因んだ新作川柳を三句ずつ交互に示しながら語り合い、それから女子アナの誘いで現代女性気質を少し甘く、少しきつくあやしながら対談してゆくというわけだ。
▽三回練習したが、カツトされたり、たしなめられたりしてやつとお許しが出た。ここでやれやれというわけではない。三秒前、二秒前、一秒前でサツと手があがる。スリルといえばスリルで、それから例のおと呆け面があらわれる。
▽月見の句をいくつも用意していつた。古川柳の
 お月見を亭主に十五まるめさせ
から、奥様諷刺に入るのには恰好な道筋だが、こちらの顔が赤くなりそうなのでじつと我慢した。