五月

▽小諸といえば島崎藤村を感動させた町である。懐古園には有名な「小諸なる古城のほとり」の詩碑がある。ことしは長野県川柳大会会場に当つている。松本から小諸へ行くには下り列車で篠ノ井駅乗換え、信越線を上つて利用するのが普通である。趣きを変えて小海線廻りで出掛けようではないかという連中の声に和して、前日私も参加した。
▽松本から中央線を上つて小渕沢をそのまま小海線に廻る回遊急行が出来たので、田内創造さん、二木千兵さん、三枝昌人さん、土田貞夫さんと五人がこれに乗つた小渕沢から小諸までを小海線というが、山岳展望に於ては山で名のある信州でも見応えがある。
国鉄の中で一番高い野辺山駅に到着するあたり、牧歌的なサイロのある風景に接して、見馴れた農村環境とは違つた印象を覚えた。
 八ケ岳八つ尾連並み青色に
   たたなはる見ればまことに高山
という短歌は半田良平の詠ずるところだが、ここから見る八ケ岳もまた嬉しい。
▽総じて小海線は高原あり、渓谷あり、落葉松の林あり、原野あり目をたのしませることでゆるぎはない。川上駅に着いたら田内創造さんが窓から首を出して誰かをさがしている。「やあやあ」そういつて近付いたのが駅長さん、創造さんのごく近所からここに赴任している人。寸時、「いいところですよ、川上村はこの奥八里に及んでいますよ」宣伝を怠らないところさすが国鉄の駅長と感心した。
小諸駅に着いた。予ねて連絡しておいた宿屋にまず腰をおちつけた。こじんまりとした新装の居心地のよいところで、地元柳人の紹介をありがたく思つた。
▽一風呂浴びたら丹前が出た。創造さんのと昌人のとは襟を合わせると宿屋の名前が出るので大笑い。微醺をいいことにして外にぶらつく。五月というのに浅間颪とやらで夜は少し膚冷えがする。
▽創造さんはしきりに腕組みをして宿屋名を隠すようにして歩く。てれくさいらしい。昌人さんは思い切つて左前に合わせて隠す事にしたら、すれ違いの人に「あれ、あの人左前だワ」といわれ、あきらめて襟を元通りにして急ぎ足。