二月

▽わが愛犬は女性である。私がフエミストであるから特に貰つて来たわけではない。女性は可愛いよ、そういつてほんとに可愛い盛りの、ころころしたなまあたたかい軽い目方が私の掌に乗つたのである。
▽それから何年たつたろう。貰われてまもなく経産婦になり、いつしか年増になつていつた。残んの香りというものがあるとしたらそれがけだものの匂いであろうか。一日飼えば一生を忘れぬ恩義で私のからだにすりつけて、にこつと笑つてくれるのである。
▽彼女の巣は愛の巣ではない。孤独の、ひつそりした巣である。愛慾の身のやるせなき想いに堪えざる時に限つて、彼女は異性を呼ぶともなく異性が訪れる。塀を飛び越え、垣根を破つて愛の敢行にけなげな男性を見ることがあるのである。
▽その期間を過ぎてしまうと、けろりつとし、日向ぼこを好む。玄関のせせこましさのなかに陽の当る場所を選んでうずくまる。犬の習性か、それとも彼女の習性か、面白いことを発見した。うずくまるとき、すぐに脚を揃えくるつとまるくなつて日向ぼこはしない。まず、くるくると二度三度まわつて中心を求めてから、見定めた安心感というものをしぼつて、やおらうずくまる。
▽これは日向ぼこに限らない。夜になつて寒いから可哀想だと思い庭の小屋で凍みつくひとりぼつちに同情して、うちのなかの路地にズツクのエバーソフトを敷いて、さあゆつくりお休み、そう言い聞かせてやると、例のクルクル回しをしばらく試みるのである。
▽彼女は美貌だ。美しい顔付きをしている。私にはわかるつもりである。きたない毛並みをしてはいるが、あらそえないもの、どこかいい系統をくんでいるのか、美人型?だ。だから異性が慕い寄るのかも知れない。
▽異性は彼女の顔をまともにせずはがゆいおもかげを追いながら、進境に達する。実に淡く、わびしい。犬の生態である。しかし人間もこの体位を好むものもあり、しやれつ気の夫婦は、こうしなければ仲よくテレビが見えないとぬけぬけとほざくのである。