七月

▽暑い日がつゞく。灼熱の暑さである。でもなりわいに励まねばならない。商売に学究に、ひとそれぞれの持ち場は缺かせられない。にじむ汗を知つているし、太陽のぎらつく射光を知つているだけに生活の虫となつてうち働くのである。人間のけなげさだ。
▽こゝ信州は日中の暑さが過ぎるとさすがに夕方からやゝ風が吹いて来て涼しくなる。日中と同じ暑さでないのが凌ぎいゝ。この街をとりまく四囲の山々は夜になればぐつと冷えて来る。近くの山もまた遠く離れた深い山へ行くほど日中でさえ暑さは街ほどではない。
▽山の霊気にうたれ、俗塵からのがれる素直な気持が山へやらせるのだ。山のシーズン、海のシーズンとはやしたてられて行くのではないのがほんとうなのだろう。自分が行くのだ。
▽山の俗化は海ほどではない。海は大都会の匂いと開放的な赤裸々さが取柄のような気がする。それだけにはつきり乾燥した気分で荒々しい。ほんとうに山を愛する者にとつて山の俗化を気にせずに、それぞれの境地を求めてゆくだけの広いひろがりを山は持つているものである。
▽先日、川柳研究の渡辺蓮夫さんが日本アルプス登山の帰りに日焼けした顔をしてちよつと寄つて下さつた。山好きの渡辺さんは毎年夏は登山に冬はスキー一本らしい。この人たちは山好きだ。だからたゞひとりの山へ行くのだ。恐らく孤独の山を求めてゆくに違いない。
▽本号に執筆している穂苅三寿雄さんは山のベテラン。現役ではないが多くの登山家を知つている。山の話に豊富だ。発表するたびに山を愛する人たちから反響を呼んでいる。好読みものである。
▽昭和七・八年頃だつたか、大阪の「川柳雑誌」の表紙に槍ヶ岳を背景にした私の登山姿が載つたことがある。この写真は穂苅さんが撮影してくれた。麻生路郎さんは表紙に個人的な姿を載せたのは君だけだと言つてくれる。
▽(槍ヶ岳にて)と前書きして
  岩を抱き 大空の死に
       触れんとし
と詠つた若き日を想う。