四月

売春防止法の実施を待たず一ヶ月前に長野県の娼家は廃業して範を垂れたものの如くである。このハンデキヤツプがどんなかたちであらはれてくるか、それを恐れる人もあるし、簡易恋愛時代が来るのではないかとニヤリとする人もあるのである。
▽赤線区域とか青線区域とか搾取される女のひとたちの姿はいたいたしかつたが、存在するといふ事実のまへで男らはふら〱と足が気持と一しよにくづれてゆく。男の生理の、或ひはひとりよがりときめつけられるやうな背負はれたかへつて哀しい欲望であつた。
▽少し川柳をひねくり、酔ふと競吟をいどむ男が廓のなかの小料理屋を営んでゐた。をんなは一人も居らず、奥さんと年寄りの下働きのをばさんの二人が異性であるといふ小ざつぱりした呑み屋で、私はよくこゝへ出掛け、嫖客相手になつておのろけの聞き上手として腰をおちつけうなづいてやることをたのしんだ。
▽こゝへ入つたと見ると、馴染みならをんながカマをかけにあがりこんで盛んに誘つたりした。めそめそ泣いて「この人、いい人だけれど、酔ふと乱暴で階段から妾の脚を引つ張つておろすんだわ」ともたれかかる悩ましいところを私はそばで見てゐた。
▽こんなこともあつた。炬燵を囲んで私の真向いにをんなが坐り、横にをとこがシンネリムツツリと調子が出なかつた。をんながしんみりさせるやうに誰にするとなく話をするうち「あたし何といつてもこの人が大好き、しんから惚れてるわ」と言ひながらペロリと舌を出したのを私は見た。をとこはうなだれて知らなかつた。そしてとう〱決心をつけてをとこは腰を上げ先に立ち、をんなはそのあとからいそ〱と出て行つた。
▽田舎の廓といふものはさびしく土蔵造りの夜目にも白いのが淡い情感をそゝつた。私はなんとか傍観者になつたつもりでひとり気取つたのであつたが、踏み越えずに溺れないといふことがいぢらしいけれど、腑抜けの原形だつた。
▽私の句に「生活を負ふ娼婦らにとりまかれ」があるが追憶の匂ひがしてきた。時の流れは私にどんな句を作らせようとするのか。