一月

▽ふつと先日、民間放送の歌くらべを聞いてゐたら、会場は大阪の大手前会館であることだつた。ああ私もあの大手前会館のステージに起つたのだなとなつかしがつた。それは一月十五日のこと、番傘川柳社が番傘五十年を記念して全国川柳作家大会を開催すると聞いて出席したが、席題の選を頼まれ、大会としては未曾有の出席者五百五十余人を前にして披講した自分を思ひ出すのであつた。
吹田市に在住する妹夫婦に用があつたりして思ひ切つて一月十三日に大阪に向かつた。車中、信州大学眼科の加藤教授夫人と乗り合せ子供の受験のことやら今の若い者の気持などを語らつた。そのうち川柳家の山岸実茶さんの話も出て、もと住んでゐた近所で知り合ひだつたとの事だつた。実直と生真面目で黙々作句をする実茶さんの作品も知つてをられたやうである。
▽その夜、吹田に落着き、翌十四日は膚寒い雨のなかを天王寺駅からバスに乗つて玉手本通の麻生路郎さんを訪ねた。案外お元気で嬉しかつた。葭乃奥さんとは二十数年振りの邂逅である。相変らず朗らかな応待に接し、酔余、レコードの合せ、何とか踊りを見せていたゞいた。よほどお得意のやうであつた。数曲かけたところで路郎さんが「今度は川柳の話をしようや」とうながした。葭乃さんはどこへ行くところとてはないがぜひ信州を訪ねたい。「秋がエエかいな、路郎と一しよや」と言つた。お待ちしてゐると答へて別れた。
▽それから此花区の河野春三さんの家まで足を延ばした。髭をつくつた前掛姿の商人をこゝで見直したのである。机に向へば情熱溢れる現代川柳理論を持つて闘ふ河野さんのもうひとつの顔であつたのだ。それから夜の難波界隈をぶらぶらした。東京と違つた渋い賑やかさだつた。よく古書目録で本を買つたことのある天牛書店の前を通つた。盛り場の灯がちらつき、食ひものやが並んでゐた。
▽大手前会館の大会のあと、番傘の録音に引張り出された。その夜また妹の家に泊り、十六日朝、東海道線に沿ひながら、遊学したことのある彦根風景を横に眺めた。ひた〱と琵琶湖の波が近付き、旅びとのこゝろをゆすぶつた。