六月

週刊読売の臨時増刊の「現代奇人怪物読本」といふのがこの五月に出た。そのなかに三重県に住んでゐる西田武雄さんが、街の奇人・村の変人のひとりとして紹介された。西田さんは毎月一回必ず時局を諷刺した狂歌を書いてよこす。終戦の年に東京の生活を主張する妻と別れ、裸一貫で故郷に引揚げて、芸術を論じ、貧乏を礼讃し、気まゝな自炊生活をしてゐる。
▽西田さんが東京で「エツチング」といふ月刊ものを出した。私は大いにエツチングに関する知識をこれから掬みとつた。西田さんは松本に来られ、当時松本中学と松本商業の画の教師をしてをられた寺尾浩画伯と私の三人で牛めし屋にあがりこみ食ひ且つ語つた。昭和十二、三年頃か。遥かな若き日であつた。
▽エツチングといへばすぐ西田武雄さんを思ひ出す。実物を見たのは青森市の今純三さんのハガキ版のものが初めだつた。いま東京で活躍してゐる関野準一郎君がまだ青森にをられたそのお世話で手に入れたものらしい。
▽本号に渡辺蓮夫さんが武藤完一さんのことを書いてをられるが、武藤さんとは昭和十年前後の頃から知遇を得てをり、それでゐて未だ会ふ機会がない。瀑布とか百貨店裏とかいふエツチングの大作はいたゞいて大切にしてある。信州大学文理学部の赤羽豊治郎さんが蔵書票のことで私のところに相談に来られたとき、武藤さんのお家の話が出た。九州と信州、つなぐものは見えないけれど、尊くありがいえにしだとしみ〲思つた。