二月
▽前号宮尾しげをさんの「お好み江戸小ばなし」のことを書いたら宮尾さんから、本人の著者には本が来て居ないといふお便りをもらつたが、これは早速小ばなしの材料になるんぢやないかと思つてひとり笑止がつた。
▽それからまもなく古川久さんから「昔の笑ひばなし」をいたゞいた。私の子供たちのよい読物なつてゐた本だが、どうしたわけか手元にないことを前号に書いたのを見て贈つてくださつたのである。古川さんの子供たちもよく読んだ本らしく楽書までしてある。それをわざと消さないで汚れたまゝのところがなつかしかつた。「わらひばなし」と書いたのは私の覚え違ひで「昔の笑ひばなし」森三郎著である。装幀挿絵・清水崑。
▽そのなかの見本をひとつお目にかけようか。
すばらしく走ることの早い男
がどろばうをおつかけてゆき
ますと、向ふから友だちが来
て、「おい、どうした」「ど
ろばうをおつかけてるんだ」
「そのどろぼうは?」「うし
ろから来るあいつさ」
この原文はといふと
駈ける名人
追ひかける名人あり。ある時
盗人をおひかけ行く。むかう
から友だち来り、なんだ【なんだ】
「どろばうを追ひかける「そ
の泥坊はどこだ「アレあとか
ら来る。
文化四年刊の鬼武作「咄の安売」のなかに出て居る。当節、西鶴ものや秋成ものゝ新訳が現代小説家によつて試みられゐるのと思ひ合せたことだつた。