六月

春陽堂が復刻創作探偵小説として四六判、美装ケース入り、江戸川乱歩の心理試験、屋根裏の散歩者、湖畔亭事件、一寸法師小酒井不木の恋愛曲線、甲賀三郎琥珀のパイプ、恐ろしき凝視を発売すると広告が出ていた。大正末期から昭和初期に刊行したアンソロジーの後刻とある。
 小酒井不木はわが長野県富士見高原療養所長として、傍ら執筆に力をこめた。今も建築物が残っており、申し出により閲覧を許されるようだ。
 江戸川乱歩ものをよく読んだ記憶があり、数冊残っている。有名な人からのハガキを残しておく癖があって、江戸川乱歩の手紙を昭和二十二年にいただいている。拙誌を送恵したときのお便りだからハガキ挿入ブックにはめてあるわけだ。東京都豊島区池袋三ノ一六ノ二六とある。
 平井蒼太は、次弟、忘れられない川柳作家のひとり。京都で初めて会ったときは姿勢正しくギブスを背に負うていた。桃源堂主人の名のある山本定一と仲よく並んでいる写真を貰った。
 宋朝体の活字が好きで、限定版ものを作るときなど指定して困った。名刺なら少々の活字代を払えばよいが、読みものとなるとそうはゆかぬ。原稿用紙執筆者の印刷を頼まれたとき、あきらかにするために末尾に名前くらいだからとおっしゃるので入れてあげた。
 初め滋賀県甲賀郡の寒村に療養生活、その頃、京都のとあるところを指定して初めて逢った。
 チョビ髭、本名平井通、川柳には蒼太、小説には牡丹蝶太郎、牡丹耽八、書物考証には書鬼海二、耽好洞主人、横川三郎、横川徹、薔薇倉太郎、等。
 私は大会の選者に招かれ、東京に行ったら偶然蒼太と会えた。兄乱歩の援助により豊島区巣鴨古書店の浪楓書店開店。昭和四十六年七月死亡。
 此頃「おいらん」が河出文庫で出版された。伝平井蒼太とあるから必ずしも蒼太と決定づけるわけにはいかないのか。誰かの実作を仮平井蒼太としたものとされたのだろうか。なつかしいわが友、伝平井蒼太よ。