六月

 全日本川柳長野県大会の前夜祭は浅間温泉のウエストンホテルで行われたが、隣席の町田尚友さんは遥々高知市から来られ、大会が済んだら善光寺をお詣りするとおっしゃった。
 私とおないどしで、長く教員生活を続けられ、松本に同級生が住んでおられるらしく、電話番号をメモして見せて下さった。
 大会の翌日、電話をかけたら百瀬潔さんという方で、町田さんとの間柄を話された。とてもなつかしそうだった。
 大会の当日、来賓接待ということで、上田の山崎鮮紅さんと一緒になって振る舞った。
 一番初め部屋に来られたのは仲川たけし会長で、国会議員の川柳家といえば、古く大谷五花村さんのことで冒頭話題になった。
 松本駅前の旅館に居るからとの電話で、早速五花村さんと会い、その後親しくなり、色紙、短冊を揮毫していたゞいた。
 そんな話からたけしさんも松山出身の前田五健さんとのことを語り色紙によく画を添えたが、画賛を能くする仲間では食満南北、富士野鞍馬が名トリオではないかと話し合った。
 全日本川柳協会の監事だという清水厚美さんが次に入って来たが初対面で、図書教材研究センター所長だが、松本市原町出身であることを明かした。話柄が広く傾聴に価した。
 山田良行理事長は壮年の頃、松本で全国医学会があったとき拙宅を訪ねてくれたし、磯野いさむ委員長は旧知の仲。
 六月十、十一日は晴天で、迎える信州人にとっては山々の容姿を眺めて貰えてよかったと痛感。
 文化年間、松本で発行された句集に古今田舎樽がある。
  名所にもならでしなのの
     なつのゆき
 百八十年程前の松本では土地の者だけが仰いだ山々なのだ。いま日本アルプスの名で隔世の感。
 そして江戸の作家が松本の天白両社に川柳を奉額したことが柳多留五十六篇に出ている。
 いまは違う、東京だけでなく、津々浦々九州から北海道に至る迄多くの作家が集まって下さった。