九月

 暑い日が続いて蝉のミンミンと鳴く声はうとましかった。灼きつくような日中を避けて夕方あたり、忘れかけた声を立てた。やれやれという感じだった。
 夜になると灯を目掛けてどこからともなく蛾が飛んで来た。うるさかった。幼い頃は、夜になってから郊外の蛍を見に行くのが楽しく、田圃のあちこちに点滅する光の舞うのは情緒があった。
 ほたるがり姉のしたくを
   まだるがり
 松本版「古今田舎樽」に見える句。身繕いをしてゆく姉さんはいつもそうだよという感が聞こえそうである。
 「蛍二十日に蝉三日」というのは盛りの短さの俚諺であろう。
 もっとくだけた夜店時代には虫売りが掛け行灯をつけて客を呼んだ。すずむし、まつむしの墨痕がゆれていた。鳴く声が騒がしく、またそれが合唱に聞こえて来て、通り行く人の足を止めた。
 虫売りは一荷に秋の野を
   かつき    柳多留一五八
 秋の野原をかつぐように虫の音を聞かす。
 虫売りの荷物武蔵野うじの里
           柳多留五
 虫たちの本場を示している。
  虫売りは折り折り蛍
    かきたてる   やない筥一
 連歌師の里村紹巴が太閤秀吉の御前に出ると「おく山にもみぢを分けて鳴く蛍」という句を懐紙に記せと言われた。「季も違つていますし、第一蛍が鳴くわけがありません」と当惑した顔で紹巴は筆を執ろうとしないので、一瞬座が白けかえった。
 すると横から玄旨法印がすかさず「武蔵野の篠を束ねて降る雨に蛍より外鳴く虫もよし」という古歌があるから結構ですと、取りなして呉れた。そしてその場は納まったが、紹巴の面目はまる潰れ。
 翌日早々に、紹巴は玄旨法印の家を訪ねて「昨日の歌は大変珍しいもののおうに思いますが、何の集の誰の作でしょうか。どうか教えて下されたい。」というと、「あんな歌があるものか。あなたの首を継ぐための細工さ。」(玉石集)連歌師紹巴は斯道の名人、連歌七名人の随一と嘔【謳?】われ、その門から千利休や松永貞徳が出ている。