十二月

▼朝飯前に朝散歩することにしていて、大抵近くの松本城の回りが目当てである。町内の歩道に沿うように、しなののき、ナナカマドが植えてあり、秋から冬にかけて赤いつぶらのナナカマドが素晴らしく、通る人の目を奪う。北海道にもこのナナカマドがあり、雪に掩われた風景をテレビで見た。
松本城の堀にはいつもカモが群れ遊ぶ。夕方一勢に翔びたって、田ン圃にこもり、朝になると堀に来る。カモたちは何よりの安全地帯であることを知っていて日参となる。西の方、日本アルプスは白雪皚々の偉容を誇らしげに映し出している。
▼私の中学時代、この堀を囲むように校舎があり、南堀に氷が張ると、みんなスケートをして遊ぶ。下駄スケートである。その堀が西に廻りそして東に曲って北堀となる。北堀は女学校生徒のスケート場として使われ、男女席を同じうせずの頃だったから、女学校のスケート風景を見るには勇気が必要で、わざわざ出掛けるとなると、軟派のレッテルを貼られたものだった。
▼体操の時間にはスケートをし、出来ないものは氷の上を駈けっこして、吐く息をたなびかせた。南堀と北堀をつなぐあたりに鯉屋があり、妙に氷が張らず鯉が泳いでいて、買いに行くと家屋に泥を吐かせた鯉だけを囲い、そこからすくい上げて調理してくれた。味噌煮の鯉こくは格別な田舎の味だ。
十返舎一九の続膝栗毛八編上巻は文化十三年刊だが、挿絵に松本城が画かれている。弥次喜多とおぼしき菅笠姿の二人が見返りながら指さしている。松本住の慶林堂主人の賛を付す。
▼戦後、二十の扉で活躍した大下宇陀児推理小説家、松本中学出身、彼の小説のなかによく松本城のことが出てくる。松本城の石垣に日向ぼっこしながら、回想する場面が印象的だ。
▼先頃、国宝松本城解体修理三十周年記念式典で入選された句に
   ご自慢は昔のままの松本城  義郎
   松本城シャッターチャンス晴れてくる  佳子
   松本城ジーパン姿も板につき  順子