四月

▽街路拡幅十周記念祝賀が町内で行われることになった。どこの家でも建て直したり、少し引き削ったり、町の発展のため協力し合って今日を迎えた。あれからもう十年になるかと振り返る。
▽うちでは建て直すことにして、保管物の整備の必要を感じ、各地からいただいている川柳雑誌の処分もすることとなり、松本図書館がこれを快く引受けていただいた。私が川柳を知った昭和五年からがせいぜいだが、それでも大きな段ボール箱に相当あった。
▽あれからまた十年経て今日、家族の者たちとの話から、大切にして来た川柳誌を同じように寄贈することにした。わが僚誌の方々はどうなさっているか訊いたことはないが、恐らくお自分で後生大事になさっておられることだろうに、手離したりして誠に申し訳ない気持ちでいっぱいである。
▽揺 時代のものとして、麻生路郎師の「川柳雑誌」昭和五、六年頃の合冊は手元に残した。数年のちのB5判のものも若干ある。ほかに「三味線草」「川柳春秋」や「古川柳研究誌」「古川柳」や「江戸紫」「近世庶民文化」や「川柳祭」「散歩」少しは自分なり気の好みのものはある。
▽拙誌の創刊当時より現在までずっと並べたらやっと一mだが、お寄せ下さった方々の作品や文章には感謝のほかはない。
▽わざと捨てたわけではないが、それでも溜まった原稿用紙は箱にある。取捨選択をどうすべきか。
▽単行本で寄贈されたもの、自分で購入したもので、現代川柳、古川柳と分けて書庫を別にした。見やすいように工夫を試みた。活用していただけるならとも思う。
▽何としても欲しくて、やっと手に入れたいという本は、誰にでもあるだろうが、川柳や狂歌の部では少しだけある。資料と一緒に箱に入れておく。
▽どの本もそしゃく熟読したというわけでなく、自分の不敏を恥じるばかりだ。ただ辿って生きて来た道に寄り添っていてくれた本だからいうことはわかる。どうもそれきりなのだろう。本にはまことにすまないが、受け取る側の拙なさを詫びる。そしてぽつぽつ自分を整理しよう。