十月

△行くときめていたが、こんなに快晴になるとは運がいいのだろうと、朝起きたとき思った。木曽谷探勝ということなのだが、大型バス二台を駆って、行くとこまで行こうというわけである。
△みんな殊勝らしくあたりの風景を眺めているのだけれど、家を離れた満足感があるようである。木曽福島から一番近い道を御岳へ登ろうとしたら、途中道路工事で変更、少し遠廻りだが、地蔵峠を目指して走る。
△峠に辿り着くと少し停止、右に遥かに乗鞍岳、左に大きく御岳。素晴らしい景観で、山国に住みながらわが懐をいくつしむがごとくほくそ笑む。
△下りに入ると、そこが開田高原の桃源のたたずまい。さすがに悠揚せまらぬ草木の語らい。民宿が人待ち顔だが、さほど賑わいが湧かぬおちつき。木曽馬の故郷にしては姿は見えぬと思ったら、木曽馬歴史館みたいのが建ててある。
△右は高山市へ、左へ抜けて幾曲り、御岳みちの一合目の里宮に着く。鄙びた家々、木曽五木鬱蒼として秋のけはいが匂って来る。ここにも開発のダムの名がけわしく露呈、バスガイドの説明も淡々として信濃訛となる。
△登るにつれ、信仰の山にふさわしく霊祠のいくつかが、星霜に苔むして声なく呼びかけ、行者の苦行をここに目のあたりにするのである。二合目三合目から五合目あたりまで木曽五木の連続だが、そのうえは高山に馴染む樹木がつづく。
△車はここまで、七合目の田ノ原高原に着く。眼前に頂上までの路がつらなり、がっしりとした山容を横たえていた。売店にはストーブが燃え、旅びとを憩わしてくれる。望遠鏡でのぞくと、頂上近く人が動くのをとらえる。ここからゆっくり三時間。
△日帰りだからまたバスに分乗。ところどころで降りて、行者の先導で由緒ある祠前に頭を垂れて唱えごとを聴く。殆ど心の祈りを抱いている人が多いだけに、遊山気分のないのがカラリとしてつつましい。
△車窓を払う穂すすきの音もかそけく、やがて人里の灯が見えて来た。十月の、とある日暮れ。