六月

△精進料理というと至極しかつめらしく聞こえる。戒律にゆだねた精進情況のなかの食事を思わせるわけだが、これを毎日献立に合わせるほどでなくとも、一日一食だけ見本にいただけたらという、そんな機会に恵まれた。
△一人でなくて大勢にまぎれての会食となった。綺羅星のごとき和服の若いご婦人たちに交って、野暮ったく床の間近くに座を占め、既にしつらえてある膳のもののいくつかが、未知の目を誘う。
△一の膳、二の膳とあって、椀の中味について一応の解説がつき、どれに箸をつけるか、順位と予想が合うことで、海外旅行が出来るテレビのタレントのつもりで、その選択に誰もが初めはにぶっているようだった。
△あれにしようか、これにしようか、あたりもうかがったりしているうち、さっと椀の蓋を執ったのがきっかけだった。やはり同席もおなじ様子で、ためらううちにハッと思い思いの順位をつけて行ったものだ。
△最後は炊き立てのお米の上に、大根おろし、ゴマその他、解説で聞いたが上の空で、名前を忘れた五種類の調味料をふりかける。一々お汁をそそいでくれるおばさんの相伴にあずかるのだった。
△きょうお昼にいただいた精進料理のことは黙っていようと、そして鈍行列車で帰り夕飯になった。どこの家庭でもそうだろうが、あっさりした翌日はコッテリしたものというお勝手の工夫があるが、その夜はあっさり風味だった。
△豆腐揚げ、白菜、大根おろし、蕗の煮付け、クルミ味つけ、わらびのひたし、ささげのたぐいである。わが家の献立を面映ゆくもここに並べるのだが、何ときょうお昼にいただいた精進料理に似つかわしい筋だと、いささか心を躍らせた。違っているのは、私に晩酌の一本が怠りなく立っていてくれたことだった。
△この集会で私は話した。つづいて国学院大学樋口清之教授の講演「日本の伝統文化と女性」を興味深く聴いた。その前に末娘が学校で講義をうけたことで挨拶したらうなずいて下さった。大会に招かれて「川柳平安」のその後の安否を気遣っておられた。