十二月

△全面ガラス張りの南向きの部屋が、わが家のまどいに当てがわれみんなガヤガヤはしゃぎまわっている。昼だけは交代で、みんな集まるわけではないが、朝と晩は文字通り一族が顔を合わすことになっている。
△私は人に誘われて外食は滅多にしない。いや、誘いにも来てくれないだけ野暮で通っている。酒亭でこっそり独りたのしむ境地は知らない。そうした境地を物すことがあっても、そうであろうくらいの幻想である。でも酔うときのしおらしさや、ちょっとしたたかぶりの気分はわかるつもりである。そこが面白い。
△この歳で晩酌をたしなむことを拒もうともせず、こちらから強要しないのに、家内はきっとガラスの燗ビンを夕方出してくれる。医者にかからないようにするには、初めから心得てしたたかやろうとせずに、少しずつきこしめていくと、医者の方がソッポを向くほど、いつも健康と教えてくれたのが医者だったから、拳々服膺して今日に至っている。それを家内も耳にはさんだかどうか、私は知らないがちょっとした暗示だ。
△ガラス張りのこの部屋は隈なく太陽の光が燦々とふりそそぎ、先ず日中は冬でも暖房がいらないですむ。南の方はこの三階より低い隣りの建物になっているから、容赦なく陽の恵みを受けてたのしい。でも夜の寒いときは、ガラスの表面が水蒸気でボンヤリ乳白色に曇る。
△孫たちはそこへ駆け登り、ガラスへ指先でぬたくる。姉の方は父さんの名前、おじいちゃんの名前と漢字で書く。一家族の名前がずらりっと並んだあと、弟の方はすかさずそれぞれの名前の下、自分の背の高さいいところへ、似顔絵をものしてゆく。みんなそれを見ている。夜のまどいにふさわしいひとときの談笑のつまとなる。
△雫があちこちから垂れ下がり、書いた名前、顔がそろそろ崩れてゆく。「やあ、おばあちゃんが涙を流しているなあ」と、素頓狂にはやしたてると、みんな思い合わした、ほんとだと真面目に応えたほほえみが生まれてくる。そんなときぽっかりお月さまがこちらをのぞいているなと思う。