七月

△花を愛する運動の発祥の地らしく、松本界隈はあちこちで美しい花の咲き誇っている花壇が街頭で見られる。コンクリートの鉢、荷造りの木箱を利用した鉢が、小綺麗よく思い思いに花のかんばせが息付くのである。
△種子が入った小さい袋をゴム風船につるして、空高く舞いあがらせる風景が、毎年その時期になると新聞にいつもとりあげられる。春が来るぞというさきぶれと一緒に、また今年も咲かせようというやさしい人間の性根をほんのりといざなうのである。うれしいじゃないか。
△蒔いた種がすくすくと芽生えてそしてあざやかな茎を立ち並ばせそよぐ風にうっとりと花は色艶を濃くしようとする。ここまで来ればしめたものだと、乾いた土に水をかけて湿らせる。ただ無性に水をかけるのが私の悪癖で、そう何回も恵みの水をやるのは可愛いがり過ぎだ、それではひよわくするばかり、根強くするために花にもちっとは、我慢に耐える訓練も必要というもの、水を控えるのもいい薬だと人は言って下さる。
△してやられた、どうも馬鹿正直はなおらぬと見える、いい齢をしてとわれながらしおらしく脱帽をすることになる。ここのあるじは何とも手に負えぬ世間知らずの青っ臭さ、それが取柄ても過保護の取り違いと来れば処置なし、そんな花たちのつぶやきをそれとなく耳に痛がっている始末。
△屋上にも花が咲いている。箱詰めの窮屈な住みごこちを、花たちは何も語ろうとはしない。仰ぎ見る信州の空の天の運行をほしいままにしている。小さな世界だが、ここにもたまゆらの花のいのちがいじらしくひそめられ、まことめく生きの間のまっとうさを誇っているかに見えてくる。
△屋上に雨ざらしになったままのくたびれた籐椅子に寄りかかって私は夜空を眺めやる。すぐ傍らの花の眠りをいたわりながら、住みつづけて来た信濃の、たまらなく澄んだ空気を息深く吸うのだ。
△花たち、お前の夢はどんなだろう、濁った人間とは違うのだろうか。私って穿鑿好きだな。