五月

▽あまり早い時間のでは大変だから、七時過ぎのにしょうと、予め打ち合わせておいて、駅に出掛けた。バスの都合でちよっと遅れたので、心配げに改札口の向うで待っていてくれた。各駅停車という鈍行だが、どの駅にも花壇を設けて旅の目をたのしませるようにしてあった。
▽「都会に住むひとのこころのふるさと」というタイトルで、信州へのいざないの広告が、列車のなかでゆれていた。長く信州に住んで、馴れているつもりでも、やっぱりよいところだなと思う。ここから抜けきれぬ宿命みたいなものを、この歳で今更考えることもないのだが、考えても詮ないと知っているだけに、おちついた気持であるらしい。
▽第二十四回長野県川柳大会はことし長野の当番である。長野県川柳作家連盟が主催なのだが、毎年順繰りに開催地が決定されるたびに委嘱というかたちである。いつでも同じ場所というのではないところに信州柳界の腹がまえがうかがわれて心強いというひとがあるし、勢力圏の割り振りだと違った見かたをするひともある。
▽いたって快晴の、信州にふさわしい日柄である。さわやかな五月という月、その二十四日の日曜日である。勤労福祉センターであるこの会場には、いくつもの催しものがあって、一部屋もあいておらなかった。しかし作句するのにあわただしいよその集会で、差しさわるような喧騒は入って来ない。まことにおちついた雰囲気が最後までつづけられる。
▽来年は上田市である。四月下旬か、五月上旬ということが内定された。誰でも思いつくことだが、日曜日が選ばれる。希望があって大安の日は避けてほしいというのである。めでたいからいいわけだが、割と大安・日曜日がかさなると、婚礼にぶつかって出席率をおとすことになるというのである。
▽会場を見渡すと若いひとが見受けられた。それが娘さんであることに気付き、披講のときなかなか抜けて、呼名するたびに華やいだ気分をこしらえてくれた。捨てたものではないぞ、われわれも頑張らねばならぬぞ、そう思った。散ってゆく友達も頼もしく見える。