六月

宮尾しげをさんの「日本の戯画」が第一法規から出版された。庶民の笑いと諷刺という広告文がついているが、まさしく歴史と風俗の絵巻物である。天平時代から昭和二十年までの長い間の変遷が興味深く綴られている。
▽そのなかの大正十四年、左翼漫画出現の項に、柳瀬正夢の名がある。ドイツの革命運動に尽した画家グロッスの漫画を利用して、ブルジョア攻撃に意を注いだ。「グロス風の表現はエロ風であったので、それに共鳴した連中も少なくなかった。下山凹夫、河盛久夫、宍戸左行、麻生豊、在田稠などが柳瀬を中心に、新しい団体を作ったのも、芸術的共産運動よりエロの魅力だったので、見込みうすと見て、党では二年ほどで倒壊させてしまった」と紹介されている。
▽「ゲオルゲ・グロッス」という画集を私は持っている。柳瀬正夢編著で、昭和四年の鉄塔書院版である。六十くらい載っていて、痛烈な暴露がなかなか刺戟的で、少しエロっぽいところもある。古本屋から手に入れた。前川千帆さんに創作して貰った雲雀の図案の私のエキスリブリスを貼ってある。いま取り出してみてなつかしい。斎藤昌三さんの「書物展望」ではよく表紙に蔵書票を紹介したが、私のこれも載った。
▽その頃だったのだろう、原浩三の「AUBLEY BEARDSLEY」を私は買い求めた。二十六歳の若さで夭逝したイギリスのイラストレエターのオウブレエ・ビアズレエの画集である。F・H・エヴンス筆のビアズレエ肖像が扉にあるが病弱であったことが知られる。
▽殆んどといってよいほど黒と白の世界にその制作を限っていた。挿絵画家である。怪奇的で猟奇的で、そのなかに憂愁性がにじんでいる。艶冶というより、好色の真実がこめられ、あくまで冷たいが無駄がない。いまのレスビアン画家石井みみ等はこれに倣っているように見える。
▽この本にも蔵書票が貼ってあるが、私の第一句集「大空」の装画を引受けてくれた関野準一郎さんの船である。まだ関野さんが青森にいた若い頃、私がお願いしたらエッチングで創作して下さったもの。銅版画の味もまたいい。