十月

▽いつの間にこんなになつたのかと、さてあやしんて見ても、たしかにそうなのだからどうしようもない。ただ黙つて見守つてくれるあたたかい眼のあることがわかつていて、それにすがりたい気持にもなる。そうかといつて、すがつてばかりいても、一向に進んではいかない。
▽ものは思いようといつて、じつと見据えていればよさそうなものだが、だん〱忘れられてゆくもどかしさ堪えられるかどうか。雨脚を眺め、静かに流れるしずくのかなしみが胸におちてくるのである。
▽どうも自分ひとりすましで通つて来たことが、よかつたかどうかそれがおかしいほどに圧してくるのである。決して気取つたつもりはなかつたし、押しの強さは勿論自分の性格として出せそうにもなくきらめく星のまたたきにせめて、さびしい想いを托しては眺めやるのである。
▽ふつと眼が覚めてあたりの様子をうかがうように身を乗り出す。少し静か過ぎて、起きるにはまだ早いなと思う。だがすぐには眠れそうもない。いまの自分がやるせなくてしかたなく、ぼんやりと闇のなかをすかすのである。
▽たしかに実力はない。実力のないことをそんなに苦にせずに暮しおおせたのが不思議である。それで通つて来たことになる。いじらしくなつて、また眼をつぶる。しかし実力のたくましさに負けかかるのである。
▽もと〱優柔不断なたちだから今から出直そうとしても、遅すぎたとあきらめているし、ぼつ〱とあせらないで、えらく媚びた眼つきでなく、自分のつたなさをそのままにしてゆくことだと思う。何としても甘えすぎたのだ。
▽このままでは置いてゆかれるしつき合いに遠去かるのではなかろうかと思つても見る。いい考えが浮ばないで、強い意志と堅い信念が自分にもあつたことを今更になつかしむのである。
▽黙然とわが愛犬は小屋で眠りをむさぼつている。物音に眼ざとく覚めてキヨトンと眺めている。主人の私の想いがわかつてくれたのだろうか。くよ〱せぬこと、生きる事さといわんばかりである。