六月

▽たばこは喫わない。ほしいと思つたこともなく過ぎた。うまそうに喫うひとの横顔に見とれるほどでもなく、いくつもの輪になるのをたのしんでいる屈託のないひとときをそれほどうらやましいともつい考えなかった。
▽たばこを喫うことで、ハツとするような思いつきが生まれることが少しはねたましく、いまさらたしなむことでもあるまいと、あきらめてすつかりおちつき、どうせたいした頭ではないから、これ以上のぞむことがおこがましい。
▽人のいいつもりで当人はいるから、じつくりかまえるというお家芸はつゆさらない。実に残念で、うまれた性だからとしても、もつと充分な仕切りを積み重ねてあれこそソツのない暮らしがあつてよかつたものをと、しきりに歯がゆがる。
▽やりこめられることだけは知つていて、こちらからツベコベ向けたがらない。優柔不断で、さもしく、いらだたしく、あとになつて何でもつと男らしくはきはきしなかつたかと悔やむのである。悔やんでから、はきはきしたあとの自分のまるつきり違う人物を創り出して、何やら演出させ、それが図に乗つて潤歩するのを自分にダブらせ、せめてこと足りた想像の幕を下ろしてゆくのである。
▽犬を連れて、ときどき犬の小用に鎖をたるませては、夜目に浮くうすずみの山々のかなたに瞳を置いて、つぎつぎと恵まれてくる設定の図柄を画くのである。犬がもういいよと、また歩き出すと、うまくはまつた想いの渦をかきまわされ、しまつたと思いながらも、行き馴れた道を犬に連れられた恰好で、とぼとぼと後を追う。
▽細腕を夏の星に見せびらかすとチカチカ光つてくれて、星が女らしくほほえんでいるかと思えて、うかつなひとりうなづきをしてしまうのである。
▽灸点のある臑が見るからに痩せ呆け、ふくよかな肌をちらつと恋うだけで、もろもろの肌はやわやわと向うで消えて行く。
▽静かな川の流れを耳に澄ませ、山のたたずまいに無心なもたれがある。くよくよとひと夜眠れず、無防備にひと夜ぐつすり眠り、寝返ると妻がぐつたりそこにいる。