十月

▽あすの朝は冷えこむという予報を聞いてから、愛犬の散歩の時間になつたので出掛ける。手袋をはめず、ジヤンバーを着ずにすたすたと引つ張られてゆくのである。満天の星はまたたいて、この伴れ立つた私たちを見守つてくれるから、いささか嬉しくなる。
▽いつものように菓子屋の前を通り、そしてそのお隣の鰹節屋に彼女の嗅覚は誘われる。もうすつかり戸締りしたあたりを、煮干しの残肴をあさり、ひとつだにあまさずさがし廻るのである。まだ店を開いている間は、いくら町内の諠みでも気が引けるので、時間を見計つてねらう。いや、私でなくて彼女が見すましてゆくというのが本音なのだが、やはり伴れてゆく人間さまのさもしい風体をのぞかれそうだ。
▽道を横にそれ、そして曲り松本城の堀のそばに来る。すると堀の端にいつもハイヤーが横付けになつている。すぐ横のバーからホステスに送られた紳士がよろよろとやつて来て、ただひとりふんぞりかえつてお帰還遊ばすのである。こちらだつてほろ酔いの楽しさにいることを告げたいのだが、うちで呑んだのでは気がすまない人たちだから、けちな晩酌だと思われるのがオチ。自分だけそうきめていればいいのだ。
▽少しゆくと、中年の私くらいの人が、両方に若い男女に抱えられるようにして、ご機嫌なのに出会う。なんだオエラガタか、会社の若い連中にチヤホヤされてゆくのかなと思つたが、いやいやそうではない。あれは親子なのだろう、オヤジの誕生日に、夕方落ち合つてささやかな祝盃をあげた揚句なのだ。そして待つている妻君のために手土産を忘れず買つて戻る道すがらなのだ。愛犬はキヨトンとそれを眺めながら、つねに食慾を働かせ、シヨボシヨボとうろつき廻る。
▽やきいも屋でポテトという揚げたのと、やきいもを半々にして買うべく店に入ろうとしたら、そちらにも犬がいて吠え、喧嘩でもしたらたまらぬので、敢えて決闘を好まぬイイトコロを見せたくて、窓口から物を乞うのである。抱えた匂いに鼻をピコつかせる彼女の眼にも晩秋の夜は映る。