九月

▽銀行でお客様サービスの向日葵の種子をくれた。小さい袋に入つて。振るとカサコソ音がする。何とか大きくして、夏の真盛りを太陽に向う大輪にまで育てたいと思い、手頃な陽の当る場所にまず種子を蒔いた。
▽初めはいたわるように水を少しずつそそいで、芽の出るのを待つた。五月の春だつた。日が経つと青い芽が出た。密生しておくと大きくならないと聞いたので、あちこち分散させた。
▽主人が丹精の向日葵の種蒔き状況に思い入れていることは知らないで、わが愛犬は庭に用足しにゆく折、ときどき踏み込んで荒すので、紐で張つて通らぬようにしたが、背より高ければくぐつて素知らぬ顔で通りぬける始末。
▽どうもいくらか芽をつぶしてしまつた。怒りもされず、あれだけになるにはきつと犬が自家製の水をお裾分けに撒いてくれたかも知れないことで我慢した。
▽大きくなつて来た。今度は疎開させねばならない。陽の一番当る場所がよいが、人の目につかないところではつまらぬので、井戸の際に三本植えた。水を掛ける。
▽八月、背ばかり高くなり、ぐんぐん伸び盛りの息子を見るようだが、花が咲いて来ないのである。ひよろひよろと今にも倒れそうだから、添木をしてやつたり、風が吹いてなよなよすると、朝晩どうなつたかと、戸を開けて首をちよつとかしげて空の方へ向ける。やれやれ無事だワイと安心する。
▽ゴツホは向日葵を画いた。ゴツホというと渦を巻いたような太陽を思い浮かべるが、灼熱した太陽を象徴する向日葵は作者のうつてつけのモチーフだつた。先年、東京国立博物館にフアン・ゴツホ展で観た向日葵まで行かなくとも、そろそろ咲き初めてくれないかと待ちこがれた。
▽さてそれもだんだん日を重ねて一本ともう一本にうなだれるほどの大輪を見せてくれたし、もう一本は八輪も花をつけて蒔いた人に微笑もまことにはなやぐ程だ。
▽犬は飼い主によく似るものだという。さてこそまこと、むかしのかんばせを偲ぶにやせた老残、そのまた向日葵もひよろひよろと痩せて、冠に大輪を誇つている。