八月

▽爪先きの冷たくなるのを防ぐスリツパ用の、それもチヤンと草履になつているコールテンの下履きを愛用して久しくなる。なるほど冬には至極防寒用で雪の降らない時はなかなか便利で重宝した。
▽これは逝くなつた父の使つていたひとつの履物である。父は履き道楽と言うきついほどではないが割り合いと履物をキチンキチンと買つていた。厳格な性質で、物を大切にすることと、礼儀を厚くすることを常に口にしていた父だつたから、まだ履き捨てるにはちと早やすぎるのではないかと思うほど、次ぎ次ぎと新しいのを買い求めていくのが不思議だつた。
▽そんなわけで私は殆どといつてよいくらい、父のお下がりの履物で間に合わせ、新しく自分用のものを買つたことはなかつた。自分の気の弱さという理由もあつただろうが、父がそうしてせめて晩年を新しい履物で気ごころをあらためてゆく気概を呼び起こすことになれば、子として私はあきらめがつき、唯々諾々、殊更嬉しかつたり感激したりするのではなく、それが当然のように履きこなすことを自分から好んだ。強いられたという気持は残つていない。
▽素晴らしくいい桐の下駄で、それがまた素晴らしくデカイのがあつた。これはいかに従順型の私でも平素使いたがらなかつた。父が逝くなつてから、埃だらけになつたまま陽の目の見なかつたデラツクスをお正月用に履くことにきめた。元来やせつぽちの私だからこの下駄は何としても私に大きすぎ、よほど太つた恰幅のよい人なら格別、全く不似合いであるが、これも父が遺していつたものと思えば捨てられぬ。
▽逝くなつて五年になるが、いろいろの下駄を履きこなしてから、さつき書いたコールテン用のスリツパにありついた。これが最後になるらしい。大分履いたので鼻緒のところがきれ、スリツパ用に出来ているので、突つ掛けるつもりで履くからよいようなものの、さて飛んでゆく用には立たぬ。
▽あちこち製本用のホチキスで止めてあるが、冬は足袋を履いてそんなでもなかつたが、足がヌードになつてから創痍の止め金で痛くて困つている。