十月

▽お坊つちやん育ちだといえばお坊つちやん育ちだし、軍隊生活を味わなかつたせいもあるし、そういう仕向けかたの暮しに置かれなかつた立場もあつて、私は炊事なるものをやつたことがない。飯の炊きようも知らず、味噌汁の煮かたも知らずに過ごしてしまつた。或いはこれから余儀なくされることがあるかも知れないが、兎に角見ようによつては仕合せと思い世馴れぬ不束ものとも思う。
▽SBCテレビ放送開始記念番組日曜教室紅白対抗PTA版というものに引つ張り出された。紅組は舞踊家後藤澄夫、長野駅長藤代武夫、長野生活学園長倉島日露子、白組は松本警察署長加藤時次郎、松筑農協婦人部協議会長中島てる子各氏と私である。林虎雄前県知事が審査員という顔触れ。
▽その対抗の一つに「目玉焼き」があつた。スタートは後藤さんと私で、熱くなつている鉄板に、先ず油を塗り、そして卵で割つて落とす。スタジオが蒸されていたせいか、私の不器用からか、二つ目の卵の黄目をつぶしてしまつた。二番手は婦人同志でキヤベツを庖丁で手際よく切る。三番手は駅長と署長で、程よく焼けた卵ふたつをヘラで西洋皿にうつし、キヤベツとハムを品よく並べ、ソース、調味料を添えて審査員のところに持つてゆくゲームであつた。
▽私はふつと三番手にならなくてよかつたと思つた。後藤さんも私と同様モサ〱していて、テレビで見ていればなか〱珍なるコンビであつたろう。それにしても盛り付けのうまさはさすがに駅長、署長の若き日の筋金が通つていてうならせたのであつた。
信越放送という信州のテレビであるが、一応は殊勝げに美容師にドーランを塗つてかまえたし、受像しているテレビが目の前に大きい方が上に、小さい方が下にあつて進行情況を伝えてくれたし、いくつものライトで少し汗ばんでくることを感じたのである。
▽これは内証だが、くじを引いて指定された歌を一節目から順次にうたい、最後に合唱するわけだつたが、音痴の私だからあまりどぎまぎしても困るので、前以て教えて貰つた。そのせいか「村祭」をいつでも歌えるようになつた。
【注:欄外に「三四.一〇.二五放送」の書き込み有り】