七月

▽新聞ゴロではない。ゆすりとかたかりをするほど度胸はない。しかし金は集めてくる。何千円といふのではなく、五十円、百円がせい〱である。また来たかと追つ払ふ手でせしめて来た金であることは知れてゐる。
▽この新聞屋は自分で書き、自分で編集し、校正し、配達し、集金する。社長、記者、編集者、校閲係、配達人、集金人である。この男の新聞を暫らく印刷した。月に四回発行とあるが、一回出せればよい方で、二ヶ月に一回、四ヶ月に一度、だん〲長びいて半年に一ぺんになつた。
▽精神的にネジがたるんでゐて、少し誇大妄想のところがある。警戒して前金でなければことわつたら、毎日、五十円、百円と持つて来る。少したまる頃になると、疲れたよ、パイ一をやりたくなつた。たまつたうちから欲しいといふ。こちらは人が好いので、ホイ来たと百円紙幣を渡す。
▽また思ひ出したやうに翌朝けろりとして百円、夕方二百円持つて来る。持つて来るときにこれでいくら置いてあることをたしかめてゆく。来ないでいゝなあと思つてゐると、夕方、人さし指を天の方に向けてをがんでゐる。また百円を渡して欲しいといふナゾだ。
▽ジリ〱と電話がかゝり、その男から横柄な口のきゝかたで「いま素晴らしい原稿が出来たんだ、取りに来てくれ給へ」と飲屋からだ。いそがしがつていゝ加減にあしらつてゐると、スーと家の前でハイヤーがとまる。その男がフンゾリ返つて乗つてゐる。銭もない癖に無理して乗つて来たのだ。こちらを見向きもせず、運転手に原稿らしいものを渡して置いて来いといふらしい。大新聞人を気取りたがつてゐる。
▽やつと金が出来て自分の新聞が出るとなると有頂天。五十枚も待ち切れないで、それを持つて韋駄天走り。自分の新聞が出来たのだと嬉しく、お得意様に配達する前に見知らぬ往来の人たちに「××新聞です」といつて渡す。ちよつと面喰らふ。それが実に得意らしい。あと残つた部数は夜中であらうが家の戸を叩いて取りに来る。行かないと硝子戸を壊される。